気が楽になった健さんの言葉
「そこにいて遊んでてください」
そうして映画のロケが始まったのは北海道函館市。
丘の上の自宅前、10年連れ添った夫が急に会社を辞めて、焼き鳥屋になる、と言い出して、ちょっと困っている妻が心配しながら夫を送り出すシーン。
セリフはなんだったか覚えていないけど、「行ってらっしゃい」的な軽い一言だったと思う。
でも天下の大俳優とのそれが最初の共演。さすがに緊張していて、思ったより声が上ずったような気がした。
撮影終了後に「ちょっとセリフのキーが高くなかったですか?」と健さんに聞いた。
そうしたら、健さんは嬉しそうに笑って、あの低い声でこう仰った。
「セリフのキーなんて気にしないでください。あなたにはこの映画の最後に『人が心に思うことは誰にも止められない』というセリフを言ってほしくて、出演していただいてるんです。あとはもうそこにいて遊んでてください」
この一言は大きかった。ぐっと楽になって、私もなんとなくわかった気がして、本当に楽しく遊ばせていただいた。
監督の降旗康男さんもカメラの木村大作さんも素晴らしいベテランで、健さんとの息もピッタリで、何の無理もしない、演技らしいこともしない、そんなやり方ですべてが進んでいった。
一番の大掛かりな場面は、大きな交差点に群衆が繰り出し、祭りの山車が通り過ぎ、その瞬間に通りの向こうの警察署から痴話喧嘩で相手を殴り留置されていた健さんが釈放されるシーンの撮影だった。
私はただ交差点のこちら側で佇み、出てきた夫を見つける。それだけの場面。
関わっている人の多いカットだけにやり直しはできない大変な撮影だったのだけど、あっという間に終わってホッとしていると、監督が木村さんと一緒に走ってきて、「イヤーよかった。あんな佇み方は他の人にはできません。感動しました」だって!
当の本人は何のことだかわからない。ただ立っていただけなのに、と思った私。
釈放された夫を迎えた経験が
役作りに生きた?
それより、その後のシーンで高倉健さんと腕を組んで運河のほとりを2人で歩くシーンが、本当にドキドキだった。







