困ったな、と思っているところにやっと健さんのセリフ。私はどうにか間違わずにセリフを言えて、「カット!」の声がかかった。
驚いたことに、この大事なシーン、「ま・さ・か」のワンテイクでOKが出た。
迂闊だったのは私。これはカメリハくらいに思ってたのだ。
後になって高倉健という人は、大事なシーンはワンテイクしか撮らない、と決めている、と知った。
それならそうと、先に言っておいてほしかった。でもそう言われていたら、緊張してミスしたかもしれないけど……。
映画では無事に終わったこのシーンの後に、健さんの歌が流れる。「時代おくれの酒場」、私のオリジナル曲だ。
これが本当に素敵で観るたびに泣ける。
このラストを健さんの歌で終えようというのは、初めから決まっていたことではなかった。撮影の間に監督やスタッフと話しているうちに、この歌の話題が出て、いつの間にか、「健さんにうたわせよう」ということになったのだ。
『「まさか」の学校』(加藤登紀子、時事通信社)
どうしてこの歌だったかといえば、5年前の1978年、高倉健さんが東宝から独立し、倉本聰さん監督で「冬の華」を撮影中に、京都のロケ地にインタビューにいったことがあった。
その時お土産にもっていったのが、確かに「時代おくれの酒場」のドーナツ盤(編集部注/レコードのシングル盤)だったのだ。
「この映画のイメージはこの歌から始まってるんですよ」と降旗さんに言われて本当に驚いた。
人と人はみんな偶然のように出会っている。すべてが通り過ぎる。一瞬だ。でもその一瞬が、長い物語の始まりになることもある。
高倉健さんとの出会いは、きっとまだ続いている。健さんの作品のすべてが生き続けている限り、私が生き続けている限り。







