相当量の石油備蓄があっても
天然ガスは大規模な備蓄が難しい
中国は相当量の石油備蓄を行っているため、中東からの原油供給が数カ月間途絶えても十分に対応できる態勢を整えているが、天然ガスは大規模な備蓄が難しい。そのため、ホルムズ海峡の封鎖が泥沼化すれば、国内のエネルギー価格の上昇を呼び起こす可能性がある。
前回の記事でもお伝えしたように、エネルギー価格の上昇が食品価格や生活コスト全体を押し上げれば、社会不安や政権の安定性に直結する。中国指導部はその連鎖を強く恐れているのだ。
この状況下で、民族主義という「刺激」を過剰に与え続ければ、中国政府が掲げ、いかなる階層でも努力によって豊かな生活を実現できるとする、いわば米国の「アメリカンドリーム」に相当する「中国夢」や、豊かさの物語そのものが揺らぎかねない。
日本を「外来の侵略者」と批判すると
中国の領土主権に疑義が及びかねない
② 第二の限界:民族主義そのものの不安定性
もう一つの問題は、民族主義の制御可能性である。中国政府にとって、ナショナリズムという劇薬は常に「もろ刃の剣」である。日本を「外来の侵略者」として批判することは、対日世論を動員するうえで有効である。しかし、その論理を過度に強調すれば、「外来者による中国支配」を巡る歴史認識が、別の方向に広がる危険もある。
とりわけ清朝は、満州族によって建てられた王朝であり、漢民族から見れば「外来王朝」と位置付けられ得る存在である。中国政府は通常、清朝を中国史の連続性の中に組み込み、「多民族統一国家」の形成過程として説明している。
だが近年、一部の言説空間では、明朝が滅亡した1644年を中国史の断絶点と見なす、いわゆる「1644史観」に近い見方も見られる。
このような歴史認識が広がれば、清朝によって版図に組み込まれた新疆、チベット、内モンゴルなどを巡り、現在の中国の領土主権や「多民族統一国家」という統治原理にも疑義が及びかねない。
つまり北京にとって、反日ナショナリズムは利用可能な政治資源である一方、「外来者による支配」という論理が清朝や現在の国家統合の問題へ波及すれば、体制安定を脅かす火種にもなり得る。それゆえ中国政府は、対日批判をあおりながらも、その論理が自国の歴史認識や領土統合の正統性を揺るがす方向へ進まないよう、極めて慎重に管理しているのである。







