なぜ「外敵」として
日本が選ばれるのか

 一般に、権威主義体制は内外の圧力に直面した際、意図的に「外敵」を設定する傾向がある。中国も例外ではない。

 しかし現在、その対象は米国にはなり得ない。中国は米中関係を「競争」と位置付けつつも、全面的対立には踏み込めないからである。

 その結果、日本が最も扱いやすい対象として浮上する。

 こうした構図は、近時の靖国神社を巡るやりとりにも表れている。高市早苗首相は春季例大祭に際して供物を奉納したものの、自ら参拝には踏み込んでいない。この対応は、岸田政権や石破政権が採ってきた路線と大きくは変わらない。すなわち、日本側の対応自体は、従来の枠組みを逸脱するものではない。

 一方、中国政府もこれに対し強い抗議を表明しているが、その反応は従来の枠内に収まるものであり、過去の同種事例と比較しても、関係を決定的に悪化させる措置には至っていない。

 実際、中国は日華議員懇談会会長の古屋圭司や、元統合幕僚長の岩崎茂、参議院議員の石平といった個人に対して制裁を科しているが、自民党全体や国家レベルの全面的対抗措置には踏み込んでいない。

この手法は、
・可逆的であり
・実質的な損害が限定的で
・対外的なメッセージ性を確保できる
という特徴を持つ。

 換言すれば、かつて米国のマルコ・ルビオ(当時は上院議員)を制裁しながら、その後に国務長官として訪中を受け入れざるを得なくなった事例のような、外交的矛盾を回避するための設計でもある。

日本はこの「管理された反日」に
どう対応すべきか

 以上を踏まえれば、中国の対日姿勢は「強硬化」として単純に理解すべきではない。それはむしろ、国内統治・経済・外交の制約の下で精密に調整された政策である。

 重要なのは、日本側がこの構造を誤読しないことである。表面的な対立の激化に過剰反応すれば、中国の意図する「制御された緊張」を強化する結果にもなり得る。

 中国の「反日」とは、感情の発露であると同時に、精密に設計された政策でもある。そして、その設計を見抜けるかどうかが、日本の対中認識の質を左右するのである。