そんな社会主義的思想が「主婦年金」をつくった原動力にもなっている。実はこの制度ができる1986年以前、専業主婦の方はどうしていていたのかというと、多くは自分で国民年金を払っていた。先ほどの制定前の議論でも野党からこんな指摘がある。
「現行制度は、無業の主婦は任意加入できちんと自分の分は負担しているわけでしょう。女性の年金権、権利というのは義務を伴いますから、そういう観点からしてこれは一歩後退」
また、2005年には国会で、小宮山洋子参議院議員(当時)がこの制度の廃止を訴える際にこのように述べている。
「この制度ができる前には、専業主婦のうち七割がみずから国民年金の保険料を納めていました。公平で持続可能な制度にするためにも、この問題をぜひ解決する必要があります」(第162回国会 年金制度をはじめとする社会保障制度改革に関する両院合同会議 2005年7月22日)
つまり、実は専業主婦の多くは誰に後ろ指差されることもなく、自分でちゃんと国民年金を払っていたのである。にもかかわらず、政府がその権利(義務)を剥奪(免除)して、「払わなくても年金がもらえる」という立場を押し付けたという構図なのだ。なぜ政府がこんなおかしなことをやったのかというと、「国民年金を払っていない3割の主婦の将来が心配」ということが大きい。
「国民皆年金」という社会主義的な年金政策を掲げている日本政府としては「年金がもらえない専業主婦」は存在してはいけない。しかし、このような“弱者”を強制的に年金に加入させても「未払い」が増えるだけだ。だったら社会主義の強みである「すべての人への手厚い補償」で解決してしまおう、という発想だ。自助努力できる専業主婦がたくさんいようとも、「年金保険料を払えない専業主婦」のほうに合わせた制度設計が行われるのだ(厚生労働省 年金局「第3号被保険者制度について」)。
さて、そこで次に気になるのは、なぜ日本はこのような社会主義的な年金制度ができてしまったのかということだろう。実はこれには2つの大きな要因がある。「旧ソ連経済への憧れ」と「戦後処理」である。
国民皆年金は1959年(昭和34年)、安倍晋三前首相の祖父・岸信介前首相時代に制定された国民年金法によって1961年に実現する。では、岸政権はなぜこんな共産主義的な年金システムにしようと考えたのかというと当時、世界で最もイケている社会主義・旧ソ連を真似た可能性がある。
現代人からすると旧ソ連といえば「経済がメチャクチャになって崩壊」というイメージだが、1950年代は「計画経済」でメキメキと成長をしてアメリカと匹敵する国力を誇り、戦後復興を進める日本にとって、政治面でも経済面でも「お手本」とする国のひとつだった。
今でも新しい法律をつくる際には、先行している国の事例を参考にする。当時の岸内閣が、戦後の日本の年金を整備しようとした際に、ソ連の年金システムをモデルにすることは、なんら不思議なことではない。岸信介前首相を筆頭に、この法律ができたときの閣僚や官僚の多くが「戦前の政治家・官僚」ということも、その仮説を裏付ける。
ご存じの方も多いだろうが、実は戦前の日本は旧ソ連の政策をパクるのが当たり前だった。わかりやすいのは1938年に制定された「国家総動員法」だ。







