この法律はドイツ経由で入ってきたソ連の「計画経済」を参考にした。また、現代まで脈々と続く「終身雇用」も旧ソ連から頂戴したものだ。

 アメリカなど西側諸国にはまったくないこの労働慣習が、日本に広まったのは旧ソ連の国家が生産性をあげるため、国営企業に国民を縛り付けておく旧ソ連のシステムを日本風にアレンジしたものだ。

 ちなみに、今も日本中の会社で使われている「ノルマ」も旧ソ連の概念だ。これが日本に広まったのは、シベリアの捕虜収容所で、厳しい作業ノルマを与えられていた人々が帰国してからだというのが通説だが、実は「ノルマ」という概念自体は戦前から日本に持ち込まれている。当時の日本人にとって、それほど旧ソ連の影響は大きかったのだ。

 なぜ日本のような民主国家で、国民皆年金というゴリゴリの社会主義的システムが確立されたのかという背景がわかっていただけたと思うが、実はこれが生まれたのはもうひとつの切実な理由がある。

 それは「戦後処理」である。

 今回の「主婦年金」にまつわる議論でも「年金がないと老後生きていけない」という話が必ず上がるが、では今のような年金制度がない時代の日本人は老後になるとバタバタ亡くなっていたのかというと、そんなことはなく、子どもが面倒を見ていた。

 これが戦前の日本の農家などで子どもが多かった理由だ。戦前の年金は軍人や公務員など限られた人しかもらうことができなかったので、貧しい人々は「老後の面倒を見てくれる子ども」に頼るしかなかった。しかし、子どもは病気などで亡くなってしまうこともあるし、労働力として家を出てどこかに奉公もする。だから、自分が病で伏せたときや、老いて働けなくなったときに面倒を見てくれる者のことまで想定して、5人、6人とたくさんもうけた。

 現代人の我々には理解できないことだが、明治・大正期までの日本の農家にとって、子どもとは労働力であると同時に、医療・年金・介護という社会保障の役割も担っていたのだ。

 しかし、そんな庶民の社会保障制度が一気に崩壊する事態が起きる。約310万人が亡くなった太平洋戦争だ。

 一家の稼ぎ頭、跡取りを兵隊に取られるということが日本全国の農村で起きたことで戦後、「老後の不安に陥る高齢者」があふれかえってしまったのだ。