もちろん、遺族年金は出るが、これは死亡時の階級によって大きな格差があり、「赤紙」で召集された若い男性の場合は、どうしても少額になってしまう。

 このような問題に対処するには「子ども」と異なる社会保障、つまり年金制度を整備するしかない。戦争の被害は国民すべてに及んでいる。ならば、新設される年金も国民すべてに行き届く制度にするしかない。だから「国民皆年金」なのだ。

「主婦年金」という諸外国にはない制度を見てもわかるように、日本の年金は、日本文化や社会慣習の違いでは説明できない「異形」の制度設計となっている。これは「共産主義」と「戦争」という過去の亡霊を引きずっているからではないのか。

 それは「主婦年金」の議論を見てもそう感じる。

 働きながら育児や介護をしている人など世界には山ほどいる。もちろん、それは非常に過酷なものだからこそ、諸外国の年金制度など公的サポートがある。

 しかし、主婦年金の支持者たちは「男が外で稼ぎ、女は家を守る」というスタイルを選ぶのも自由なのだから、保険料を納めなくとも年金をわたすべきだと叫んでいる。一見すると、女性の権利を守っているような錯覚に陥るが、戦前の「男は戦争に行き、女は銃後を守る」という価値観に固執しているようにも見えなくもない。

 この40年言われ続けているがことだが、主婦年金の弊害として「性役割の固定化」が挙げられる。第3号被保険者の資格は130万円以上稼いだら剥奪されるので、主婦の皆さんは130万を超えない範囲で働く。これが日本の女性に低賃金の非正規雇用が圧倒的に多い理由だ。

 欧州などの人口が減っている国で女性の社会進出が進んでいるのは、ジェンダーがどうこうという問題もさることながら、「女性にも男性と同じように働いてもらわないと経済がまわらない」ということが大きい。

 しかし、過去の亡霊に取り憑かれている日本では未だに「女性は銃後を守れ」と叫んで女性を「家」に縛り付けたい人が多い。そのため、女性の賃金はいつまでも低いままで、ジェンダーギャップ指数は先進国の中で最低レベルになっている。

 負担増だ、改悪だと叫んだほうがポピュリズム的には正しい振る舞いというのはわかるが、いい加減そろそろ過去の亡霊と決別しないと、日本の衰退は止まらない。