バーニング・グラス研究所は「ティッピング・ポイント(=転換点)が近い」と警告している。AIを使いこなせる若者が経験を積む場所を奪われ続ければ、次世代の中堅・幹部候補が育たなくなる。短期的な人件費削減が、長期的な組織の劣化をもたらす。
AIによる合理化の短期的な利益は、企業の長期的衰退をもたらしかねないのである。
フォレスターの予測はさらに辛辣だ。「AIによって解雇されたうちの半数は、やがてひそかに再雇用される。ただし再雇用の多くは、より低コストのオフショア(=外国採用など)で行われる」。
AIを解雇の「口実」に使った企業が、結局は同じ業務を低賃金で補填する。その結果、AI活用を深めるたびに企業を担うべき人材が徐々に「劣化」していくため、組織力の衰退が避けられない可能性がある。
日本にはまだ「AI解雇の嵐」は来ていないが
「これはアメリカの話だ」と傍観することは許されない。
アメリカのテック業界で起きていることは、必ず数年遅れで日本にも波及する。問題は「来るか否か」ではなく、「いつ来るか」を考えなければならない。
実際、2026年の日本企業における中期経営計画を見ると、「AIによる業務代替」を明記する動きが加速しているように感じる。大手メガバンクや通信キャリアが、数千人規模の事務作業をAIで自動化し、余剰人員を営業やコンサル部門へ配置転換、あるいは早期退職を募る動きは、もはや珍しいニュースではなくなった。
日本企業の場合、AIを口実にすぐに解雇されるという事態はまだまだ起こらないとは思うが、中長期的に配置転換だけでは対応できなくなるのは確実である。その場合、バブル崩壊後のように新卒採用を抑える事態に陥る可能性が高い。
日本企業はかつてのバブル崩壊後の「就職氷河期」によって、従業員の世代構成に深刻な歪みが生じた。経営コンサルタントの神田昌典氏は、2000年代初頭の著書や提言において、企業が目先のコスト削減のために採用を絞ることで生じる「世代間の断絶」に強く警鐘を鳴らしていた。組織内部のノウハウや企業文化が次世代へ継承されず、日本企業は長期崩壊の過程に入ると喝破していたのである。
実際、その後の日本企業は、それまでの強みであった家族主義的な美点が失われる一方で、徹底した欧米的な合理主義へと突き抜けることもできず、新旧のシステムが混迷する「機能不全の停滞」を招いた。神田氏の予言は、現在の日本企業の閉塞感を見事に的中させたと言わざるを得ない。







