例えば、ターンをうまく交替するには、発話が終わりそうなタイミングを聞き手が把握できる必要がある。スタンバイが必要だからだ。そのために話し手は、驚くほど多様なヒントを出している。

 実際、発話が終わりそうなヒントが一切出されなくなると、ヒトは反応がものすごく遅くなる。ホワイトノイズを聞かせ、音が途切れたらすぐボタンを押すように被験者に求めた実験では、1秒半近くもかかることがわかっている。

 しかしごく普通の会話で試すと、成績は見違えるほど良くなる。ここまで聞いたらなんとなく予想できたかもしれない。被験者たちは話の終わりから200ミリ秒以内にボタンを押すようになったのだ。会話もホワイトノイズも同じ音なのに、である。

 さて、聞き手は具体的にどんなヒントを使っているのだろうか。もちろん、日本語であれば基本的な語順はSOV(主語→目的語→動詞)だから、動詞が聞こえてきたら文が終わりそうだということはなんとなくわかる。「この前見た映画、めっちゃ泣け……」まで聞けば、まもなく自分にターンが回ってくることはほぼ確実だ。このように、文法的な知識はヒントにかなり使える。

 ほかにも、サッチャーのように、抑揚などの音声的な情報を利用することも選択肢に入るだろう。声の高さが発話末に近づくにつれて徐々に下がっていくのは、サッチャーが話す英語だけでなく日本語も同じで、もっというと多くの言語で見られる普遍的な現象だ。高さに注目するだけで、会話の先読みは可能になる。

発言終了のサインは
身振りや目線にも現れる

 思えば「ゆる言語学ラジオ」に出演する際、僕は相方の動きをよく観察している。聞きやすい番組にするためには、お互いの発話が重ならないのが望ましいからだ。沈黙はいくらでもカットできるが、発話のカブリは編集で取り除くのが難しい。そのため、ある時期から相方である堀元見さんが話し始める際のクセを見極める訓練を始めた。

 一番わかりやすいのは前傾だった。彼は普段話を聞くときは椅子に深く腰かけている。そして話したくなると前かがみになり、口をマイクに近づけるのである。僕たちの番組はお互いが正面にあるカメラを向いて話すため、相方の動きは横目に見ることしかできないが、前傾くらいわかりやすい挙動なら、話しながらでも確認できる。

『会話の0.2秒を言語学する』(水野太貴、新潮社)会話の0.2秒を言語学する』(水野太貴、新潮社)

 このコツを習得してからは、発話のカブリはかなり減った。最近では編集できないライブ配信でさえも、うまくターンテイキングできている。

 面白いところで言うと、視線やジェスチャーなんかも駆使しているようだ。例えば会話のターンを取る場合、その0.5秒前に一瞬目をそらしてから発話者に目を合わせる傾向が強いことが、視線計測装置を用いた実験によってわかっている。

 このほか、発話の特定の時点で聞き手を見ることや、身振りを引っ込めることなどが、発話の終わりの予告に使われているという研究もある。

 すべてを紹介することはできないが、僕たちはあの手この手を使って、目の前の聞き手に自分の発話が終わりそうだというサインを出しているようなのだ。こうしたサインを検知しているからこそ、ホワイトノイズを聞くのとはまったく違った、超人的なパフォーマンスが出せているともいえる。