これはその通りだと思います。もっとも、ヤクザのOBに、なぜヤクザの若者離れが進んでいるのかと尋ねたところ、「時代にそぐわない。ヤクザの生き方もファッションも若者から見たらダサいからだろう」と言っていました。筆者は、半グレがヤクザに勧誘されている現場に居合わせたことがありますが、ヤクザ加入を固辞した彼らに理由を聞くと、「身体とられる(拘束される)ことが、自分ら嫌なんで」と、回答しました。
かつての半グレは
暴走族OBが中心だった
「半グレ」は、平成の日本社会に忽然と現れた新しいものではありません。昭和の時代に存在した「暴力団の影響下にある暴走族」や「暴力常習者」「不特定準構成員」は、常習的・集団的に違法行為をおこなう者として、警察の取締り対象でした。
「暴力常習者」とは、その名のとおり「暴力を常習している者」であり、「不特定準構成員」は「特定の1つの暴力団とだけ関係を持っているのではなく、不特定の複数の暴力団組織と、持ちつ持たれつの関係を持ちながら犯罪行為を繰り返す者」と定義されます。いずれも現代の半グレと同様の特徴を有していました。
ちなみに、筆者の知る昭和の元暴力団幹部は、こうした者を暴力団員と区別し、「半ネス」とよんでいました。
溝口氏のいう草創期の半グレで、警察から準暴力団と位置づけられる怒羅権の元メンバーであった汪楠氏によると、暴走族としての怒羅権は、日本の暴走族におけるルールに従って18歳で卒業したといいます。彼は1972年生まれですから、1990年頃に暴走族を引退しています。しかし、足を洗うわけではなく、怒羅権としての活動を続け、マフィア化していったと述べています(汪楠『怒羅権と私――創設期メンバーの怒りと悲しみの半生』彩図社、2021)。
汪楠氏のいうマフィア化した暴走族OBも、2010年代から半グレとよばれるようになりました。彼らは暴力団ではなく、ストリート・ギャングとして活動していた集団です。
そのメンバーの資金獲得活動は、ミカジメ料の徴収や薬物関係、債券回収、詐欺、人身売買など多岐にわたっています。彼らの活動は、1990年代から2000年代初頭を通じておこなわれていますから、半グレという呼称が生まれる随分以前から、現在の半グレと同様の活動をしていたことになります。







