ましてや「自分」ではなく、「自分よりも死期が近いであろう親」の延命治療やケアの方向性です。なかなか話せないというのもよくある話です。「関係のよくない親」が相手なら、なおさらです。
専門職の私であっても、毎度毎度、患者さんご本人にも、ご家族の方に対しても気をつかう、気の重いものでもあります。
高齢の親御さんに「急な事態が起こりうる(つまり死亡)」と病状の説明がされていて、なおかつ、「ご家族でもそのときに備えて意見をまとめておいてくださいね」と病院で説明されることがあります。
けれども、これがなかなか難しい。ご本人に直接意見を聞きづらい人が多いように思います。
病院で入院している状況や在宅で寝たきりになっているような状況です。元気なときなら、まだ「仮の話」として聞けたとしても、差し迫っているときなどはリアルすぎて聞きにくいものです。
さらに家族(配偶者、子ども、きょうだい)の間でも、意見が分かれることも多いのです。
「弱っている親に、最期をどうするかなんて話をするのは難しい」
「仮に親の気持ちを聞けたとしても、いざというとき『延命治療はいりません』と自分が言えるかどうか。言えないのなら、聞く意味がない気がして」
「家族内でも、意見がそれぞれ違ってまとまりません」
このように苦悩するのはよく聞く話です。
法事やお墓参りは
重い話を切り出す好機
家族だけでこの重い話題をまとめるのはなかなか難しいものです。
では、そのようなときはどうしたらいいでしょうか。よくあるのが、「医療者とともに考える」パターンです。
がんなどの病気ですでに病院に入院されていたり、訪問看護を受けている場合は、看護師さんとともにACP(編集部注/患者の意思決定能力がなくなったときに備えて、今後の治療と療養生活についてあらかじめ話し合うプロセス)をするケースが多いように思います。
担当の看護師さんに「人生会議(ACP)をしたいのですが……」などと聞いてみてはいかがでしょうか。多くの場合、時間を設定してもらえると思います。
看護師さんがいない場合、どのように話をしたらいいのでしょう。
『毒親を在宅で見送った緩和ケア医が伝える 関係のよくない親を看取るということ』(岡山容子、ディスカヴァー・トゥエンティワン)
かかりつけ医に相談してほしいと言いたいところですが、一般に「自分にはかかりつけ医がいる」と断言できる人も多くはないでしょう。
また、たとえかかりつけ医がいても、混雑している外来でそんな話を長々とできるかというとちょっと難しい人も多いのではないかと思います。
おすすめの1つは、法事やお墓参りの機会を活用することです。
すでに他界した家族の最期について話をしながら、「自分の場合だったらどうしてほしい?」と聞いてみるのです。
「おばあちゃんはこうして亡くなったけど、自分のときはどうしてほしい?」
「お父さんは何も言わないまま亡くなったけど、お母さんの希望は何かある?どうしてほしい?」
このような聞き方をすると、比較的、自然な流れになるかなとは思います。







