「わー、パパっぽい」

 開いていた口が閉じ、白い顔に血色が戻って、穏やかな顔のお父さんを見た娘さんの歓声。

「いや、パパだから!」

 すぐにお母さんとお姉ちゃんからツッコミが入り、その瞬間まで張りつめていた空気が、一気にほどけました。

 納棺式では似たような場面に時々出合います。

 遺族に「パパっぽい」と言われたときの安堵感や嬉しさは、納棺師なら誰もが想像、共感できる気持ちです。

 私たち納棺師は遺族から「綺麗になったね」と言われると、とてもドキドキします。

 それって、どういう意味だろう。もしかしていつものお顔じゃないってことかな。綺麗は遺族が求めている綺麗なのかな……と、かなり不安になるのです。

 だからこそ一番ほっとする言葉は「いつもの顔!」です。

 パパっぽい、おじいちゃんっぽい。

 お母さんっぽい、〇〇ちゃんっぽい。

 そういう言葉がすごく嬉しく、ほっとするのです。

 それにしても「パパっぽい」という表現は、実際のパパに使う言葉としてはおかしいのかもしれないけれど、この言葉にご遺族の心情がすごく表れているような気がします。

 亡くなってすぐのお顔は、生前のパパの顔と合致してくれない。つまりパパじゃない人に見えていることがあります。

 私自身も、離れて住んでいた父の亡くなった後の顔を見たとき、抗がん剤で眉がなくなり、黄疸で肌の色が変わって、まるで別人のように思ったものでした。

 ずっとそばで父に寄り添っていた母は、徐々に変わっていく父の顔を見ていたわけですから、闘病中から、いやでも徐々に父の死を受け入れるしかなかったと思います。

 以前、旦那さんを突然亡くした奥様が、死化粧によって生前のお顔に近づいていくのを見て、これじゃ死を受け入れざるを得なくなってしまった、と肩を落としていました。

死者と生者の距離を
縮めていく「死化粧」

 とくにコロナ以降、病院や施設にいると、闘病中でも家族が関わる時間は少なくなっているのかもしれません。お葬儀で久しぶりに会った亡くなった方のお顔が、以前と変わってしまったと感じたことのある人も多いと思います。