心の中にいる大切な人と、亡くなった後、目の前の布団に横たわる人が同一人物だと感じるには、お布団で目を閉じているお顔が、生前のその人に近いことが大切だと感じます。
そう考えると、家で介護や看取りをすることが多かった昔より、病院や施設で亡くなることが多い現在、生前のお顔に近づけるメイクである「死化粧」が、以前より必要性が高まっていることもうなずけます。
現に、開いている口を閉じて、顔色を整えて、赤みを足して、髪型を生前に近づけていくなかで、ご遺族の物理的な距離が少しずつ縮まってくる――遠慮するように下がっていた位置からだんだんと近寄ってくれることがよくあるのです。
納棺式という儀式の中で、パパじゃない人からパパっぽい人に変わる瞬間です。
『いつもの場所に今もあなたがいるようで』(大森あきこ、新潮社)
目の前にいる亡くなった人が、今も自分の心の中にいるパパだと落とし込んでいくには、実際はもう少し時間がかかるのかもしれません。それでも「パパっぽい」ことは一歩前進だと思うのです。その人らしいお顔や、体に触れることの出来る時間に、その一歩のお手伝いをするのが納棺師の仕事です。
お葬儀の間に、亡くなった方のその人らしい何かに出合えたとしたら、ご遺族はその人の死に向き合う大事な時間を得られるのかもしれません。亡くなった人もきっとそんなお別れを望んでいるような気がします。
できれば私が死ぬときに家族が思い出す私らしい顔は、文句を言うときのへの字口ではなく、美味しいものを食べているときの幸せそうな顔や飼い猫を撫でるときの思わず微笑んでいる顔がいいなぁと思います。それと同時に一緒に過ごしているときの家族の顔が、最後の顔になるかもと思うと、あれ?私も家族の顔ちゃんと見ているかな?とふと不安になることがあります。







