緊迫の追跡劇
夫が向かった先に現れたのは?

 私が車両で全体指揮を執り、バイク調査員が機動力を担当。徒歩要員が接近戦を受け持つ布陣です。

 当日午前8時45分。住宅街は静まり返っていました。

 エンジンを切った車内は、じわじわと冷えていきます。

 コーヒーを一口飲み、玄関を凝視します。この「待つ時間」が、調査員にとって最も神経を削られる瞬間です。

 いつ出てくるか分かりません。

 出てきた瞬間を見逃せず、尾行が発覚すれば、証拠は消されます。そして何より、依頼者がもう一度傷つきます。

「絶対に失敗できない」

 その緊張が、車内を静かに支配していました。

 午前9時半過ぎ。啓人さんが車で出発しました。

 車とバイクが交互に位置を入れ替えながら追尾します。

 信号が赤に変わる。ここで切れたら終わる――。

 私はアクセルを踏む足に静かに力を込め、別ルートから先回りして再び対象車両を捕捉しました。

 やがて啓人さんの車は、都心の高級ホテル近くの駐車場へ入りました。

 私は無線で指示を出しました。

「バイクは出口を押さえろ」

 対象者は時に予期せぬ行動をすることがあります。誰かを乗せてすぐに出たり、警戒行動で付いてくる車がいないかどうか確認したり、間違えた場所に入ってしまったりと駐車場に入ってすぐに出る可能性も考えて、出口を押さえる体制を敷きます。

 警戒感が全く見られない啓人さんは、車を降りてロビーへ向かいました。

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 その数分後、一人の女性が現れました。ネイビーのテーラードジャケットにピンヒール。30代後半と思われる、洗練された雰囲気の女性でした。

 二人は自然な様子で会話を交わし、並んでフロントへ向かいました。

 恐らく、高級ホテルを昼間の数時間利用できるデイユースプランを予約していたのでしょう。

 二人のチェックイン後、複数の宿泊客に紛れる形で徒歩要員が一緒にエレベーターに乗り込みました。

 そして二人が9012号室へ入る様子を確認した後は、廊下側から出入りを確認できる位置で待機を続けました。

 約4時間後に二人は並んで部屋から出てきました。

 入室時と退出時の映像が撮れ、不貞の立証としては十分な証拠です。

「確保」。私は無線で短く告げ、胸の奥で深く息を吐きました。

 その後の調査で、女性の身元が判明しました。