地震・台風に強い
日本の新幹線技術が採用
1990年代、経済が急成長し、西海岸の都市間交通が限界を迎えた台湾は、当初フランスのアルストム(TGV)やドイツのシーメンス(ICE)を擁する欧州連合と契約交渉を進めていた。
流れを変えたのは1999年9月の集集大地震である。地震・台風という日本と台湾に共通する厳しい自然環境下で、新幹線の早期地震検知システムや脱線防止機構の実績が決定的に評価され、2000年に技術選定は新幹線へ切り替わった。
ただし台湾高速鉄道は、車両と運行・信号システムこそ日本の700系をベースとする700T型だが、土木構造や一部設備は欧州規格を採用したハイブリッドである。事業はBOT方式という民間主導スキームで進められ、JR東海らの日本企業連合は設計・製造・人材育成を担うビジネスパートナーとして参画した。
その台湾も、最初から順風満帆だったわけではない。開業後の需要は予測を大きく下回り、35年というBOT方式に伴う短い事業運営期間のもと、莫大(ばくだい)な減価償却費がのしかかった。毎年50億~100億台湾ドルの赤字が垂れ流され、2013年時点で負債総額は4570億台湾ドル、純資産はマイナスに転落する。
優先株主からの約540億台湾ドルの返還訴訟も重なり、2015年には手元資金が20億台湾ドルを割り込み、倒産が目前に迫った。現在のインドネシアと財務面でよく似た構図である。
絶体絶命の台湾高速鉄道が
息を吹き返した最大の要因は
絶体絶命の局面で台湾当局は外科的手術を断行した。既存株主に60%の減資をのませて経営責任を取らせ、訴訟の火種だった優先株を全額償還。約300億台湾ドルの新規資本を政府系金融機関主導で注入し、政府持ち株比率を60%超まで引き上げて事実上国有化した。同時に、事業を運営できる期間であるBOT事業期間を35年から70年へ延長し、減価償却負担を一気に薄めた。
台湾高速鉄道(THSR)が息を吹き返した最大の要因は、この財務スキームの大手術にあったと言ってよい。乗客は増加を続け、2025年の年間利用者数は過去最高の8207万人に達した。定時運行率は99.31%を記録し、売り上げ546.5億台湾ドル、純利益約65.8億台湾ドルの優良企業へと姿を変えた。
JR東海・JR西日本の700系新幹線をベースに台湾向けに開発され、2007年の台湾高速鉄道開業時から主力車両として活躍してきた700T型 Photo:PIXTA
率直に認めるべきは、両プロジェクトとも「需要予測の過大評価」「コスト超過」「政府による事実上の救済」という共通構造を抱えていた点である。中国スキーム特有の現象ではない。
日本が協力するインド・ムンバイ―アーメダバード高速鉄道計画でさえ、用地買収の難航などを背景に、事業費は当初約1.1兆ルピーから約1.98兆ルピーへ膨らむ見込みと報じられており、全線開業は2029年へずれ込んでいる。インフラ輸出は誰が手掛けても容易な事業ではない。
だが、両者を分ける本質的な差は確かに存在する。







