日本側が長年積み重ねてきた
​技術移転と人材育成

 台湾当局の救済が機能した背景には、日本側が長年積み重ねた技術移転と人材育成があった。台湾人の運転士、整備士、ダイヤ編成者、信号技術者が自力で運行を維持できる体制が現地に根付いていたのである。

 2007年の開業以来、衝突や脱線などの重大な運行事故による死亡者ゼロという記録がその技術定着を雄弁に物語る。さらにTHSRは台北や高雄でMRT(地下鉄)と接続され、ドア・ツー・ドアの利便性で航空路線からシェアを奪った。

 新竹・中部・南部の三大サイエンスパークを結ぶ交通軸として、THSRは半導体産業の集積地を支える重要なインフラとなっている。2025年には南部サイエンスパークの売上高が2兆9700億台湾ドルに達し、前年比34%増を記録した。

写真提供:台湾高速鉄道JR東海の最新型新幹線「N700S」をベースに台湾向けに開発された、台湾高速鉄道の新型車両「N700ST」 Photo courtesy of Taiwan High Speed Rail Corporation (THSRC)
台湾高速鉄道台湾高速鉄道を運営する台湾高速鉄路(THSRC)の史哲会長(董事長)とN700ST車両 Photo courtesy of Taiwan High Speed Rail Corporation (THSRC)

 これに対しWhooshが抱える最大の構造的欠陥は「ラストマイル問題」である。建設費高騰を抑えるため、路線はバンドン市街地まで乗り入れず、郊外のパダララン駅で乗客を在来線フィーダー列車に押し出す形になっている。

 スーツケースを抱えた乗客が狭い改札に殺到し、最新鋭の高速車両から座席不足のディーゼル動車へ乗り換える光景は、350km/hの速度優位性を自ら帳消しにしている。現地では、クルマの方が速いと不満も出ている。

 バンドン市街まで、線路を伸ばせば不便は解決するのだろうが、さらなる借金が必要となってしまう危険な賭けだ。インドネシア政府は頭が痛いだろう。

インフラ整備後まで
見据えているか

 スリランカが債務を返済できずハンバントタ港の運営権を99年間中国企業に事実上引き渡した事例ほどの極端な「債務の罠(わな)」を、現時点のWhooshにそのまま当てはめるのは性急であり、現在は両国でリスク分担型の再編が模索されている段階だ。

 とはいえ、運営や都市接続の詰めが甘く、インフラ整備後の利用者の利便性まで織り込まれていたとは言い難い。

 2019年のG20大阪サミットで日本が主導した「質の高いインフラ投資原則」が技術移転と現地人材育成を明確に掲げる意味は、ここにある。立派な車両が走り立派な駅舎が建っても、運営能力と都市との接続が現地に残らなければインフラは持続しない。

 台湾とインドネシア、二つの線路が示しているのは、「車両や設備を導入する」ことと、「運営・保守・都市接続まで含めて現地に持続可能な仕組みを根付かせる」ことの差である。

 一帯一路を推し進める習近平国家主席の下で、中国の「政府保証不要」「財政負担不要」という甘い言葉に乗ったインドネシアの現在進行形の苦闘と、痛みを伴う国家介入を経て自立を確かなものとした台湾高速鉄道――この比較から我々が学ぶべきものは、決して少なくない。