「私には夢がある」もただの言葉だった
まだ誰も見ていない未来を語る言葉を、世間に投げかける。それはとても勇気のいることです。馬車の全盛期に、「馬なしで走る馬車」と口にした人は馬鹿にされたでしょう。
メインフレーム全盛期に、「子どもも使えるパーソナルなコンピューター」と聞いても研究所の外の一般人は、半信半疑だったはずです。
現実に変わるまでは、ビジョナリーワードも「ただの言葉」です。「口先だけ」という表現があるように、実体を伴わない言葉は、ことさら日本では毛嫌いされる傾向があります。確かに信念のない「ただの言葉」は批判されても仕方ありません。
しかし、信念はあるけれど、努力もしているけれど、それでもまだ現実になっていない「ただの言葉」はむしろ応援される世の中であってほしいと思います。
2006年に米国マサチューセッツ州知事に選出されたデュバル・パトリックという政治家は、選挙中に行われた集会でこんなメッセージを投げかけました。
「『すべての人間は生まれながらにして平等である』これはただの言葉です。
『恐れなければならないのは、恐怖心そのものだけだ』これもただの言葉です。
『国が自分のために何をしてくれるかではなく、自分は国のために何ができるのかを問おうではないか』これもただの言葉です。
『私には夢がある』これもただの言葉です。
どなたかに指摘される前に言わせてください。私はキング牧師でも、ケネディでも、フランクリン・ルーズベルトでもトーマス・ジェファーソンでもありません。しかし私は知っています。よりよい世界への展望と見えざるものへの信頼を持って、心の底から発せられた、確信に満ちた適切な言葉は、行動を呼び起こすことができるのです」(クリス・アボット著/清川幸美訳『世界を動かした21の演説』英治出版)
「よりよい世界への展望」が「確信に満ちた適切な言葉」で語られるとき、人々の行動が呼び起こされる。それは、政治のみならず、ビジネスでも、アートでも、あらゆる人間の活動に共通の真理ではないでしょうか。
次回からは、未来を発明した人々の、ビジョナリーワードを9個ご紹介します。「ただの言葉」が、どのように人々を未来に導いていったのか。その時代にタイムスリップした気分になって、言葉が生んだダイナミズムを感じ取ってもらえればと思います。(続く)
第4回は、8/1掲載の予定です。
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一橋大学卒業後、博報堂にコピーライターとして入社。Apple、Pepsi、adidas、Nissanなどのブランド戦略を手がける米国のクリエイティブエージェンシーTBWA\CHIAT\DAYを経て、TBWA\HAKUHODO所属。クリエイター・オブ・ザ・イヤー・メダリスト、カンヌライオンズ、CLIO賞、ACC賞グランプリ、東京コピーライターズクラブ(TCC)新人賞、ロンドン国際広告賞など国内外で受賞多数。通常の広告制作業務だけにとどまらず、経営層と向き合って数々の企業のビジョン開発に携わるほか、経営者のスピーチライティング、企業マニフェスト、ベンチャー企業支援、新規事業や新商品のコンセプト立案などを手がけてきた。「経営を動かす言葉」「未来をつくる言葉」といったテーマで学生への講義や社会人への講演も行っている。経営と言葉という、今まで無視されがちだった領域に光を当てる、クリエイターとしては異色の存在。