盛田はそれが政治家であろうと、経済人であろうと、来日する要人が会いたがる日本人の一番手だった。米国の事情にも通じ、複雑な問題でもその渦中の人間を直に知る盛田の人脈は彼らからすればとても魅力的だった。なぜなら、盛田ほどの人脈を米国に持つ経済人も、政治家も日本にはいなかったからだ。
出井が「永遠のヒーロー」と
敬愛した盛田昭夫の存在感
出井伸之は盛田を「僕にとって“永遠のヒーロー”だった」と評した。
日本人であろうと、外国人であろうとたちまちのうちに魅了してしまう話術。スポーツから文化、芸術といった領域にまたがって、持ち得ていた超一流の考え方。こうした経験、視点から下される果断。とにかく、出井にとって盛田は理想の経営者であり、理想の上司だった。
気さくな盛田は、とにかく異論を唱える男として知られていた生意気な出井という若者を可愛がった。盛田は突然、電話をしてきて、「明日、ゴルフに行くから空けとけ」と出井を呼び出すことも多々あった。2人で映画を観たり、バーに行くこともあった。“若造”の身には、過ぎた交わりを持たせてもらっていた。
『ソニー神話を壊した男 出井伸之が創った未来』(児玉 博・小学館)
出井は間近に接するカリスマから多くのことを学んでいった。社内には出井の盛田への近さを穿って見る向きがあることは出井も承知していた。けれども、出井はあっけらかんとしていた。なぜなら、出井は盛田との交わりの中で、一つだけ自ら戒めていることがあったからだ。それは、2人でいる時には仕事の話をしない、という決め事だった。
「純粋に盛田という“天才”との時間を楽しみたかった。仕事の話が交じると、純度が落ちるというか、自分が盛田さんを利用していると思われるのも癪だったから絶対に仕事の話はしなかった」
出井は、仕事以外の部分の盛田を吸収しようとした。そこに盛田の本質があるように思ったからだった。







