巨額赤字でも熱狂を生む
マスクの天才的な戦略

 昨年、2025年12月期のスペースXの決算を見ると売上高は約3兆円、最終損失は▲約7800億円と赤字です。

 アップルの売上高が約60兆円、グーグルが約58兆円、トヨタが48兆円なのと比較するとまだまだ事業規模は小さいことがわかります。

 しかも、ロケットの打ち上げ映像のイメージが強い宇宙事業は推定で売り上げの2割程度しか占めていないうえに、基本的には低収益ないしは赤字傾向です。

 実際の会社の稼ぎ頭は衛星通信のスターリンク事業です。売り上げの約6割超を占めると見られ、直近も年間約7000億円のセグメント営業利益を出しています。

 ただ通信会社として比較するとKDDIの営業利益約1兆1000億円よりも小さく、とても283兆円の企業価値がある利益には見えません。

 ここで「テック株の女王」として知られるキャシー・ウッド氏の見解を見てみましょう。

 テスラなどへの投資で知られ、5兆円ファンドのアーク・インベストメントを率いる彼女によればスペースXの価値は現在で見てはだめで、数年後から十数年後に世界経済で占める位置を見なければだめだというのです。

 未来に向けてはAI事業が成長の原動力になるといいます。その成長によって、基本シナリオではスペースXの企業価値は2030年には400兆円に膨らんでいくと彼女は予測します。そのような未来の視点を持てば283兆円は十分に正当化できるという意見です。

 一方でアナリストの間ではスペースXの評価は分かれています。金融業界で企業評価の第一人者と呼ばれるニューヨーク大学スターンビジネススクールのアスワス・ダモダラン教授は「素晴らしい会社だがIPO価格は高い」として1.2~1.3兆ドルが妥当としています。最も弱気なモーニングスターは推定企業価値は7800億ドルではないかという意見です。

 イーロン・マスクが天才的なのは、このように評価がわれている中でもIPOで12兆円の資金を確実に手に入れられるという点です。この巨額の資金の大半はAIへの投資に向けられる見込みです。

 ここが一番重要な点ですが、大規模機械学習モデルのAIの開発競争はそれまでの「エンジニアがAIを育てる」ステージが終わり、昨年秋あたりから「データセンターがAIを育てる」フェーズに変わりました。シリコンバレーで大量のAIエンジニアのリストラが発生しているのはその流れです。

 この先、AIで勝つためにグーグル、アマゾン、マイクロソフト、メタの4社だけで100兆円の投資が行われますが、それは「投資規模がAI競争の覇者を決める」ルールを意識してのことです。

 新しいルールではこれまで先行してきたOpenAIやアンソロピックといったAI専業企業よりも、これら4社が優位にあります。そこに12兆円を手にすることでスペースXが競争戦線に割り込むことができました。

 イーロン・マスクが天才的だというのには、ふたつめの理由があります。

 スペースXのAIは後発にみえますが、同じマスク氏が経営するテスラを考慮にいれるとどうでしょうか。

 スペースXにはEV向けの自動運転、二足歩行ロボットのオプティマス向けのフィジカルAI、SNSのXの3つの大口ユーザーをすでに確保できている。つまり巨額投資の出口をすでに持っているのです。

 ですから、先述したキャシー・ウッド氏が唱える「2030年の企業価値400兆円」は有力なシナリオだと私もとらえています。上場時135ドルに設定された株価が3年半で191ドルまで上昇する計算です。

 ただこの株価上昇ペースを冷静に計算すると年率換算で10%です。これは株式市場の投資家が考える利回りとしては低すぎます。

 キャシー・ウッド氏が算出した400兆円から逆算して、投資家がAI株の成長性に投資をする場合に年率20%の株価成長を期待するとすれば、上場時の適正株価は100ドル、25%の利回りなら87ドルが適正です。先述したモーニングスターの企業価値が正しければ株価は60ドル程度であるべきかもしれません。

 では135ドルのスペースX株に投資をするのは愚かな行為なのでしょうか?実はそうともいえません。

 株式市場には「グレーターフール理論」という考え方があります。「その株の価値が高すぎるとわかっていても、もっと高い値段で買ってくれるさらに大きな愚か者がいる限り、自分は利益が出せる」という考え方です。

 そして今の株式市場はAIと半導体株で上昇傾向が続いています。スペースX株に投資をしたい投資家がいる限り、日本時間で今日の夜に始まるアメリカ市場ではスペースXの株価がさらに高値で始まり、公開価格を大きく上回って終わる可能性は十分にあります。

 ただ私は自分でスペースXの適正株価は87ドルだと計算しているので、自分が最後の愚か者になることだけは避けたいと考えているのです。

 さてスペースXの上場には続きがあります。この後、秋にかけて同じAIの巨大企業であるOpenAIとアンソロピックが続いて上場を狙っているのです。ある報道によればOpenAIが10月、アンソロピックが11月になるのではないかと言われます。

 どちらの企業も市場から巨額の資金を吸い上げて、スペースXに負けない規模の巨額投資をAIデータセンターに振り向けると考えられます。

 両社ともIPO時には企業価値が1兆ドル(約160兆円)を超える巨大IPOになると予想される一方で、売り上げ規模としては(直近の契約額を年換算したランレートで算出するとして)アンソロピックが約300億ドル(約5兆円弱)、OpenAIが約250億ドル(約4兆円)と、やはりグーグルやアップルと比較すれば10分の1程度の規模でしかありません。

 そして設備投資額はその倍のペースで計画されています。つまり両社とも上場時点ではスペースX同様に巨額赤字の状態で、将来の成長を期待する投資家に向けての上場申請をすることになりそうです。

 ここでイーロン・マスクが天才的な戦略家だという3番目のポイントが見えてきます。3社ともに上場が成功できるかというと、そうならない可能性があるのです。特に後から上場する会社は不利になります。

 実は上場した後に、スペースXはアメリカの株式市場のインデックスに組み込まれることになります。これだけ巨大な企業ですからそうなるのは当然ですが、市場としても特例ルールを作って7月中旬には異例の早さでインデックスに加わる予定です。

 新規上場だけなら純粋に市場から調達される資金は前述の12兆円ですが、インデックスに組み込まれるとなるとインデックス連動型の投資信託などが一斉にスペースX株を購入することになります。その規模は200兆円前後の規模になるはずです。

 それが3社続くとなると、最終的に500兆円規模の資金が株式の買い付けで吸収される可能性があります。問題はそれに市場が耐えられるかどうかです。3社の株を買おうと、これまで投資してきた半導体株やハイテク株が売られるでしょう。

 これは業績のよい企業の株を売って、利益を出せない会社の株を買う行為になります。それをやっているうちに投資家は気づくはずです。これは正気の行為なのだろうか?と。

 そしてより大きな愚か者が市場にはもはやいないことがわかった段階で、株式相場は下落に転じます。バブル崩壊の始まりです。

 それが市場の想像よりもずっと早いタイミング、たとえば今年の夏に起きればOpenAIもアンソロピックも上場計画を延期せざるをえなくなります。

 今のところAIの性能としてはミュトスを保有するアンソロピックが1位、OpenAIがそれに続くと考えられ、スペースXはその下だと考えられています。

 しかし資金調達に成功するスペースXは、資金力でその競争を逆転させることができるかもしれません。仮に市場が3社の上場に耐えられず、アンソロピックだけが資金調達できないことになれば、ChatGPTとClaudeの性能順位の逆転すら十分に起こりうるということです。

 これが今年の夏から秋にかけて起きると予想されることです。

 ではその結果、私たち日本人の未来にどう影響するのでしょうか?シナリオは2つあります。