井上陽水が明かした
テーマソング誕生の経緯とは?
Y:まあ、引き受けるに当たってはいろいろと細かい事情があったのですが、あるパーティーで筑紫さんとお会いしたんです。その時はまだプライベートでのお付き合いはあまりなくて、テレビ画面でみる筑紫さんのイメージしかなかったのですが、パーティー会場の筑紫さんはちょっと違ってた。ちょっとボロついてたんですよ。つまりヘアとかスタイリングとか、テレビ画面の時ほどの配慮がなされてなかった。その会場で「やっぱ筑紫さん、テレビに出なきゃダメじゃないですか」と、生意気を言ったんですよ(笑)。
そんな経緯も軽くあって、筑紫さんが後で「ちょっと曲作って欲しいんだけど、番組のために」って言うんです。だいたい僕は、そんな責任が重いようなことは断るタイプなのですが、「いや陽水が言ったんだよ、テレビに出ろって」みたいなことになって、もう断れないような感じになって……それで、引き受けたものの、何を書いていいかわけわからなくて。それで苦し紛れに、そうだ、印象に残っているいろんなニュースを列挙してみようという感じだったんですけどね、歌詞的にはね……。
K:こんなこと聞くのは野暮なんですけど、歌詞から最初に作ったんですか、それともメロディが先だったんですか?
Y:歌詞ですね。それもだいたいの大まかなことをチラチラと書いて……。それでニュースの言葉が並んでるだけだから、メロディといっても大変なので。まあしゃべるような感じでね、やったんですけど。サビだけがメロディがあって歌っぽいんですけど……今で言うラップでもないですけどね。でもまあちょっとしゃべってる感じで。当時はそういうものがあまりなかったのですけど。
実際のニュース映像と
『最後のニュース』が化学反応
K:当時は、毎日やるニュース番組がテーマソングを持つということは、画期的なことだったんですよね。
Y:そうですね。報道ですからね。
K:それで番組の一番最後にあの歌をかけて、その日に起きたニュース映像をモンタージュしていく作業をやってくうちに、皆が面白くなってきたんですよ。
Y:うん、あれはよかったね。
K:作っている人間がそこで勝負をかけるわけですよ。
Y:あそこの映像と歌の掛け合いがね、本当に楽しみで……。







