K:指名された人は、朝から晩までずっと映像を見ながらプランを練っていました。編集の面白さをそこから学んで、みんな育ってきました。一種の“学校”だったんですね。

Y:歌に映像を合わせるプロモーションビデオが出てきたので、僕も最初はあの歌の通りの映像を自分なりに作ったんですけど、面白くもなんともないんです。ただの説明なんですよ。筑紫さんにその話をしたら「そうだろう」って得意そうな顔をされました。

K:アハハハ(笑)。

『こちらデスク』の最終回で
『傘がない』をどうしても流したい

Y:「今日のニュースとあの歌の掛け合わせでイマジネーションが膨らむ、そこがいいんだよ。井上君、まだわかってないね」みたいな言われ方されましたよ(笑)。

 報道番組は嫌いじゃないから『こちらデスク』(ダイヤモンド・オンライン編集部注/1978年から1982年まで、テレビ朝日系列局で放送されていた報道番組。筑紫哲也がメインキャスターを務めた)をみていたら、僕の名前が突然出てきて、筑紫さんが「こんな歌を作っているヤツがいる」と紹介してるので、僕もびっくりしたんです。でもそこからすごく意識するようになったんですよね。

『こちらデスク』は新聞記者がテレビで語り合うというコンセプトが新鮮で、日曜の夕方にいつもみてました。それからどうなったかは記憶にないんですけど、たぶん飲み屋か麻雀で一緒になって、そうこうしているうちに『こちらデスク』の最終回で『傘がない』を歌ってくれないかと声がかかった。筑紫さんとしても、歌詞の「テレビではわが国の将来の問題を 誰かが深刻な顔をしてしゃべってる」という……。

K:あのフレイズがね。

Y:今でもそうですけど、報道というのがその……。

K:「天下国家」を語るのがニュースだと。

Y:そうそう。簡単に言うと「堅い」というか、まあ、そうならざるを得ないし、あんまりくだけると不謹慎だという視聴者の声もあったりしながら、まだ旧態依然としていた時代ですよね。筑紫さんなどは、不謹慎だとか何とか言う人達に対して、それはどうなの?と思ってらしたかもしれないね。