逃げ場を失って
「しょうがなく仕事に没頭した」
「行くあてもなく逃げ場も失った。そこでしょうがなく、研究に力をいれようと気持ちを切り替え、仕事に没頭したんです」と言う。
注目すべきは、仕事の鬼であった稲盛でも、その動機が決して高尚なものではなかったことだ。「初めは、みじめな現実から目をそらし現世の憂さを忘れてしまおうと考えて、研究に没頭したようなところがありました。ところが、研究に打ち込みだすとどんどん面白くなってくる」と、稲盛は正直に明かしている。
つまり最初は逃避だったわけだ。惨めな現実を見たくない、その一心で研究に逃げ込んだ。ところが逃げ込んだ先で、思いもよらないことが起きる。
沈みかけていた人生が
明らかに好転していく
没頭しているうちに、仕事そのものが面白くなってしまったのだ。やがて寮と研究室を往復する時間さえ惜しくなり、鍋や釜を研究室に持ち込んで泊まり込むようになる。
そして結果が出る。稲盛は、米ゼネラル・エレクトリックが先んじて開発した高周波絶縁用のセラミック材料を、まったく別の方法で合成してみせた。フォルステライトである。翌1957年には松下電器産業からの依頼でブラウン管向けの絶縁体を製品化し、量産までこぎつけた。
研究に没頭する、うまくいく、新製品が生まれる、学会で発表する、上司に褒められる。その喜びがさらに没頭を呼び、また良い結果が生まれる。沈みかけていた人生が、ここから明らかに好転していく。
「不運なら、運不運を忘れるほど
仕事に熱中してみなさい」
この体験から稲盛がつかんだ教訓は、驚くほど簡潔だ。経営者向けの講演で、彼はよく「不運なら、運不運を忘れるほど仕事に熱中してみなさい」と言うようになった。
ここに、運というものの正体が隠れている。稲盛は運を、空から降ってくる偶然とは見ていない。不運な状況に置かれたとき、その状況にのみ込まれて愚痴をこぼし続けるか、それとも目の前の仕事に没頭するか。その一点で、その後の運命が分かれる。彼はその理由をこう説明した。
「少なくともやるべきことに没頭している間は、不平不満といった雑念や妄想、ネガティブな思いは消えています。そういう混じりけのない、澄み切った心でやる仕事には、必ず結果がついてくるものです」







