「フロー体験には反芻(はんすう)を防ぎ、不適応な思考から注意を逸(そ)らす働きがあることが示されている。そのため、フローに入りやすい人は、うつ病の発症や長期化につながるネガティブな思考を回避しているのかもしれない」。
稲盛は「不平不満といった雑念や妄想、ネガティブな思いは消えています」と語ったが、今回の研究結果は、その直感を裏づけるものといえる。没頭は、現実逃避の代名詞などではない。それは、人を破滅させる負の思考のループから、意識を引き離す行為なのである。
誰もが置かれた状況によって
フロー体験をできる
そして、この力は一部の選ばれた人間だけのものではない。先の研究には、もう一つ見逃せない視点が記されている。論文はこう述べる。「活動そのものに喜びを感じる人は、フロー状態に入りやすい。フロー傾向はその時々の状況によって左右される面(state-related)と、個人に備わった特性としての面(trait-related)の両方を持っている」。
また、フロー傾向は「連続体の上に存在する(existing on a continuum)」ものであり、誰もが程度の差はあれ備えている特性だと指摘している。
つまり、フローは生まれ持った才能として固定されたものではない。誰もが置かれた状況によって、その状態へ入り込むことができる。つまり、後悔と不安に押しつぶされそうな不運のただ中でも、人はフローを選び取れるということだ。
稲盛が逃げ場を失った研究室で、しょうがなく仕事にのめり込んだあの瞬間が、まさにそれを証明している。性格を変える必要はない。ただ、目の前の一点に没入する。それだけで、誰でもこの状態の入り口に立てるのである。
「運がいい人」は
目の前の仕事に没頭できる人
ここまで来ると、「運がいい人」の特徴は、あまりにも明白になる。それは、特別な星のもとに生まれた人ではない。不運のただ中で、その不運を忘れるほど目の前の仕事に没頭できる人だ。
稲盛がそうであったように、入り口は逃避でも構わない。惨めさから目をそらしたい一心でいい。大事なのは、その先で本当に没頭してしまえるかどうかである。
没頭すれば、過去の後悔も未来の不安も消える。心は澄み、仕事には結果がついてくる。結果が喜びを生み、喜びがさらなる没頭を呼ぶ。この循環に一度入ってしまえば、傍(はた)から見て「あの人は運がいい」と言われる状態へ、人はおのずと運ばれていく。
運は、巡ってくるものではない。没頭の果てに、自分の手でたぐり寄せるものだ。稲盛和夫が一代で世界企業を築いた原点に、難しい秘密は何ひとつなかった。
逃げ場を失った若者が、しょうがなく目の前の仕事にのめり込んだ。ただそれだけのことが、不運な人生を好転させる唯一にして最大の分岐点だったのである。

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