我を忘れて没入するフロー体験が
心の健康を守る
長らく、こうした言葉は精神論として片づけられてきた。気の持ちようだ、成功者の美しい後付けだ、と。しかし、近年の心理学・精神医学は、稲盛が経験から語った点を、データで裏づけ始めている。
鍵になるのが「フロー」という概念だ。フローとは、難しすぎず易しすぎない課題に、我を忘れて没入している状態を指す。時間の感覚が消え、努力している意識すらないまま、対象とひとつになる。稲盛が鍋や釜まで持ち込んで研究にのめり込んだあの状態こそ、まさにフローだった。
2024年、学術誌『Translational Psychiatry』に発表された大規模研究は、このフロー状態への入りやすさ(フロー傾向)が、心の健康を守ることを示した。スウェーデンの双子9361人を長期にわたって追跡し、国の患者登録データと突き合わせた研究である。
結果は明快だった。フロー傾向が高まるほど、うつ病の診断を受けるリスクが16%、不安症が16%も低かった。単なる気分の問題ではなく、医療データ上でも確認できる差だったのである。神経症傾向(ネガティブな感情を抱きやすい性格傾向)を考慮しても、フロー傾向とうつ病・不安症との関連は統計的に有意だった。
「過去へのこだわり」と
「将来への心配」を減らす
なぜ没頭が心を守るのか。論文ではフロー体験に関する先行研究について触れ、「フロー体験が不安や落ち込みを和らげ、行動と意識が一体化することで、反芻(はんすう/くよくよと思い悩むこと)や将来への過度な心配を減らす可能性があることが示されている。こうした知見は、フロー傾向がうつ病、不安症、ストレス性障害の予防になる可能性を示している」と説明する。
行動と意識が融合する。これはまさに稲盛の言う「混じりけのない、澄み切った心」と同じ事態を指している。
論文はさらに、フロー状態では「うつ病や不安症でよく見られる、過去へのとらわれや、将来への過度な心配が、自然と起こりにくくなる」と指摘する。
過去へのこだわりと、将来への心配。不運に見舞われた人間の心をもっとも蝕(むしば)むのは、この二つだ。あのとき辞めておけばよかったという後悔。この先どうなるのかという不安。だが目の前の一点に没入している間は、その二つが入り込む隙間がなくなる。
論文の別の箇所はこうも指摘する。







