「あの人の前だと、どうしても嫌な自分になってしまう……」と悩んでいませんか? 実は、相手に合わせて違う自分が現れるのは人間のごく自然な姿です。新刊『人日記』(内山厳・著)から、「本当の自分は一つだけ」というプレッシャーから解放され、客観的なアプローチで人間関係のストレスをなくす「分人」の考え方を紹介します。
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人は誰しも相手に合わせて役を演じている
私たちは、相手や状況によって、さまざまな顔を使い分けています。特に、仕事の場面では、「プロフェッショナルな自分」や「上司らしい(あるいは部下らしい)自分」を「演じなければならない」と感じることもあるのではないでしょうか。
「演じる」という言葉は、なんとなく「本音を隠す」「自分を偽る」といったネガティブな意味にとらえられがちですが、私はそうは思いません。
むしろ、「人は誰しも人の前で何らかの役を演じている」というのが、演劇活動をしてきた私が実感していることで、本書の根底にある考え方でもあります。
たとえば、あなたが、大切なクライアントと話す場面と、家族と話す場面、パートナーと話す場面を、それぞれ思い出してみてください。おそらく、それぞれの相手の前だけで見せる自分がいるはずです。
なぜなら私たちは、相手との関係性やその場の状況に合わせて、より適切なコミュニケーションの「型」を、自然に選択しているからです。
「分人」という考え方
このように、相手や状況によって異なる自分を、より肯定的に深く理解するためのヒントを与えてくれるのが、小説家・平野啓一郎さんが提唱されている「分人(ぶんじん)」という考え方です。
平野さんは、「個人(individual)」という言葉が「in(否定)+dividual(分割可能)」、つまり「分割不可能なもの」を意味するのに対し、人間はむしろ「分割可能(dividual)」な存在、すなわち「分人」の集合体である、と考えます。
・上司Aさんの前で現れる「真面目で几帳面でおとなしい私」
・同僚Bさんとランチしながら愚痴を言い合う「オープンで気さくな私」
・1人で趣味に没頭している「子どものような私」
これらはすべて、あなたという人間を構成する、かけがえのない一部分で、どれも「本当のあなた」です。相手との関係性や、その場の状況によって、さまざまな顔を持つことは、人間のごく自然な姿なのです。
この「分人」という考え方を受け入れると、もっと気楽に、自由に人付き合いができるようになります。
プレッシャーから解放される
まず、「本当の自分でいなければいけない」「自分らしくふるまわなければいけない」というプレッシャーから解放されます。
状況に合わせた「私」を表現することは、決して自分を偽ることではなく、むしろ、楽しく豊かに生きるために人類が身につけた知恵なのです。
私自身も、この「分人」の力に助けられてきました。極度の人見知りの私でも、「研修講師」という明確な「役」を与えられると、人前で堂々と話し、参加者と積極的に関わることができるのです。
これは、私が「講師」という役割を演じることで、コミュニケーションがスムーズに行える証です。
「分人」の考えを持つと、他者に対する見方も変わってきます。「あの人は裏表がある」と単純にネガティブなレッテルを貼るのではなく、「あの人も、私に見せている顔と、別の人に見せている顔は違うんだろうな……」と、相手の多面性を想像できるようになります。
「嫌いな自分」が現れたときの考え方
この「分人」の考え方は、人間関係の悩みに対しても、新しい対処法を見つけるヒントになります。特定の人(の前)でだけ現れる「好ましくない自分」、たとえば萎縮して何も言えなくなってしまう自分や、逆に攻撃的になってしまう自分がいるとします。その場面でも、「本当の自分はこうではないのに」と悩むのではなく、「この人との関係においては、こういう分人が現れやすいのだな」と客観的に認識する。そして、その「好ましくない分人」が生まれる状況を変えるため、相手との距離感や接し方を工夫してみる、といったアプローチが可能になります。
「人日記」は、あなたが日々どんな人の前で、どんな「分人」として存在していたかを客観的に記録し、振り返るためのツールにもなるのです。そして、どの「分人」をもっと育てていきたいか、逆にどの「分人」を避けたいかを、考えてみてください。「本当の自分」は一人ではありません。
さまざまな自分がいることを受け入れてみると、よりストレスを感じることなく人との関わり方を考えることができます。
参考文献:平野啓一郎(2022)『私とは何か――「個人」から「分人」へ』講談社(講談社現代新書)
(本記事は『人日記 1日1分、会った人の名前を書く』の一部を抜粋・編集したものです)








