後に知ったことだが、田中氏は2004年の時点で台湾ODMとの間でバイセル(Buy Sell)取引をスタートさせた張本人だと言われている。この時点で東芝は中国杭州市の自社工場・TIHを見捨て、パソコン製造の大半を台湾大手ODMに切り替えたことは、HPやデル等グローバルトップメーカーと正面から価格競争をしてゆくことを意味していた。

 すなわち、私の、東芝パソコン事業の再建には、規模追求型から利益追求型に変える必要があるとの岡村社長への訴えは完全に無視されたことになる。

 しかし、皮肉なことに東芝ノートPCのブランド力はすぐには失われずシェアを保ったままコスト低減が寄与し、2004年度、〈PC社〉は営業黒字を達成した。このことは西田氏の経営者としての評価を飛躍的に高めることとなった。

 ODMビジネスの特徴を簡単に説明すると、ODMメーカーは、東芝やHP等のPCブランド会社から商品企画を受け、組立製造のみならず、設計、部品調達まで製造全体を安価に請け負う形態である。

東芝 転落の深層――経営不祥事と裁判久保 誠『東芝 転落の深層――経営不祥事と裁判 』(朝日新聞出版)

 具体的には、東芝はPCの主要5部品(メモリー、液晶、HDD、CPU等)を自ら調達し、これを高値でODMに販売(Sell/セル)し、ODMが安価にPCを完成し、これを東芝が高値で購入(Buy/バイ)する取引である。この完成品購入(Buy/バイ)と部品販売(Sell/セル)からバイセル取引と言われている。米国HPやデルなどは、ODMを早い時点から使っていたようである。

 ODM方式は、主要5部品以外の部品調達や製品の設計、組立を全面委託するためコストは安くなるものの、独自性や優位性を持つパソコンを作ることは困難となる。また東芝は、同じODMを使っている米国HP、デルや台湾エイサーなどに対して、デスクトップPCをやっていなかったため、これら競合他社と比べ規模の点で大きく劣っていた。

 このため東芝PCは独自性や優位性を失い、価格を下げないと売れない商品になっていった。