また、当時経営企画担当の森本副社長は、私が1985年から1993年まで電子部品国際事業部(電国際)傘下の東芝アメリカ電子部品社経理部長、電国際経理部担当課長の時の電国際欧州部長、電国際事業部長だったため、お互いよく知っている関係だった。

 2003年12月中旬になり子会社化を提案したPC部門は、子会社ではなく〈PC社〉として新たな社内カンパニーとなることが決まった。そしてPC事業やテレビ事業、東芝テック等のデジタルプロダクト分野のグループCEOだった西田厚聰専務が〈PC社〉のカンパニー社長となることが発表された。

2004年1月 社内カンパニー〈PC社〉設立とカンパニー社長西田厚聰氏の就任

 当時岡村正社長と森本泰生副社長の間でどのような会話がなされ、なぜ社内カンパニーとしての〈PC社〉になったのかはわからない。財務部門トップの笠貞純上席常務からも具体的な説明はなかった。

 新たに設立された〈PC社〉は矢継ぎ早に事業再建策を打ち出していった。西田氏は事業のあらゆる面の見直しを指示した。販売・マーケティング面、PSI管理面(購入・販売・在庫)、開発面、固定費管理等々であった。西田氏は、社長月例で特に調達コスト改善PJが大きな成果を出すと説明していた。

 具体的には2003年4月に新設したばかりのパソコン製造子会社東芝情報機器杭州社(TIH、中国杭州市)に早々と見切りをつけ、より安価な製造コストを求めて、全体の9割を占める個人向け(B to C[※注1])を全面的に台湾ODMメーカーに切り替えた(ODMはクァンタ、コンパル等の巨大企業が行うビジネス)。

 この時の〈PC社〉調達責任者は田中久雄氏である。この後田中氏は、2006年に〈PC社〉副社長として執行役常務に昇進し、さらに2013年には、西田氏の強い推薦で社長まで昇りつめた。

※注1 B to C:個人向け営業、なお、B to Bは企業対企業の取引