田中:仕事は案外何とかなるものなのではないでしょうか。人がたまにサボってもいいように、AIなどが発達しているのかもしれません。もしくは賢いAIなら、うまい具合にズル休みする方法まで教えてくれるのではないのですか。「今日は何となく休みます」が許される社会のほうが、長期的に見れば豊かなものになるんじゃないかという気はします。

 学校でも事情は同じでしょう。不登校というのはシリアスな問題です。メンタル的にも身体的にも、学校に行くとちょっと自分が保てない状態になってしまった生徒が、長期間にわたりお休みをする。

『堕落論 住めば都のディストピア』書影堕落論 住めば都のディストピア』(田中慎弥、落合陽一、徳間書店)

 そこまで追い込まれてしまうというのは深刻ですし、当人にとっては本当にたいへんなことです。魂のレベルで学校を拒絶してしまっているのですから。不登校に至る手前で、何とかならないものか。なんか今日はイヤ、気が乗らない。そんな気まぐれを起こしてズル休みをする、そういう手段もじつはアリという発想ができたほうが、救われる人は多少なりともいる気がします。

落合:学校にしても職場にしても、最近はすこしくらい行かなくてもだいじょうぶになってきているように思います。リモートなり何なり、キャッチアップする手段はいくらでもありますし。「ちょっと休む人」に優しい世の中になってきている。

 休む理由がズル休みでも別にかまいません。無理をしてパフォーマンスを下げたり心身の調子を崩したりするより、休んで回復したほうが全体最適だという考え方も広まっています。

田中:ズル休みがひとつの文化として定着すれば、それはつまり堕落が広まればという意味でもありますが、社会はもうすこし生きやすくなるかもしれません。