落合:研究の世界では、ちゃんと研究領域を区切り、分業化していって、自分の領分をひたすらやり続けるのが王道です。そこからちょっと外れたものをやってしまう寺田のような態度には、いい意味での堕落を感じます。寺田の堕落は「当たりの堕落」です。100年経つと「あれはすごい」と言われるのですから。

 ちなみにいまの研究者にとって、もっと身近なわかりやすい堕落は、テレビにコメンテーターとして出ることです。あれは完全に堕落です。研究するよりは気軽ですから。私もよく出演していますが、週に1回ぐらい堕落しないとな、というスタンスで出ています。社会との接点を持つという意味での「降りていく」感覚です。

昼間から寝てばかりの
のび太は堕落の達人

田中慎弥(以下、田中):寺田寅彦の堕落の仕方がいいのは理解できます。ただ、そもそも堕落とは何かが、いまだに私にはよくつかめていません。「お前、堕落してるぞ」と人に言われるのが堕落なのか。「私、堕落してます」と自称するのが堕落なのか。堕落は目指すべきものなのか。何をもって堕落というのか。昔に比べて人間は堕落しているのかどうか……。疑問は尽きません。

 ただ、人が働いているときに酒を飲みたいという願望はあります。作家はそれができます。毎日やっていては問題ですが、たまにであれば躊躇なくできます。人が働いているときに自分だけ酒を飲むのは、わかりやすく堕落している感じがしていいものです。

 それくらいしたほうが、自分の中の孤独の領域を保てて、自分を見失わずに済みます。みんながせかせか働いている時間に、自分だけが止まっている感覚。その時間のズレの中にこそ、自分というものが浮かび上がってくる。

落合:たしかに週に一度くらいは「昼ビール」をしたほうがいいです。堕落してプチ・ドロップアウトしたほうが、社会に過剰に呑み込まれず、ちょうどいい社会との距離感がつかめます。自分を整える作業とでも言いましょうか。疲れ切って昼寝するのは堕落じゃない。疲れていないのに昼寝するのが正しく堕落するということです。