「結局、向こうから見ると、“配慮してくれない先生”になるんですよね」

「なるだろうな」

「その一言で終わるの、しんどいですね」

 I教頭は、その言葉にだけ深くうなずいた。

学校の課題は減らしたい
でも内申点は欲しい

 翌日、3年生の学年主任が来た。彼は開口一番、疲れた笑いを漏らした。

「今度は受験生だから宿題をなくしてほしい、です」

「なくしてほしい?」

「はい。受験勉強で手いっぱいなので、学校の宿題は受験の邪魔になると。塾の課題と学校の課題が二重負担になっていて、本人のストレスが限界だそうです」

「誰からだ」

「3年4組の保護者です。かなりはっきり言われました。“受験校に合わせた勉強をしているので、学校の一律課題には意味がない”って」

 I教頭は椅子にもたれた。

 受験学年になると、この手の話は増える。

 学校は義務教育の最後の1年として、基礎学力を整え、集団としての学びを成立させようとする。だが一方で、家庭はすでに高校受験を見ている。志望校対策、模試、内申、塾、個別指導。生徒によって必要な勉強は違う。保護者から見れば、学校の宿題は「全員向け」であり、個別最適化された受験勉強に比べて優先順位が下がる。

「本人はどう思っている」

「たぶん、なくなったら楽だろうな、くらいです。親のほうが思いは強いですね。“受験のプロは塾なんだから、学校は邪魔しないでほしい”に近い感じです」

「言い切るなあ」

「でも、内申は欲しいんです」

 2人はそこで同時に苦笑した。

 学校の授業や評価が必要ないわけではない。

 だが、学校の課題は減らしてほしい。

 学校は結果だけ保証してほしい。

 そういう空気は、最近たしかに強くなっていた。

「宿題をなくすことはできない」とI教頭は言った。

「ただ、3年の後半は、課題の質や出し方を学年でそろえる必要はあるかもしれない。受験に入る時期の負担感まで含めて、一度学年会で見直そう」

 主任は頷いたが、すぐにこう付け加えた。

「たぶん、見直してもまた言われます。“うちの子に合わせてほしい”って」

「だろうな」

「何かもう、“全体”の話がしづらいんですよね。みんな自分の子の最適しか見ていない感じで」