小さな幸せに感謝する
名も無い女性たちの強さ
黒柳はここからさらに一歩踏み込んでいく。それでもなお、「田口ケイ」のような女性は、廊下は端を歩き、食堂では目立たない場所に座るのだろう。人から優しくしてもらおうなどとは思わずに、心を閉ざしがちになり、要領だって悪くなるだろう。
他方で、「田口ケイ」のような女性は小さな幸せを心から有難く思えるはずだ。それが彼女の美点である。そのような女性は世の中にたくさんいる。彼女たち個人は小さな存在かもしれないが、彼女たちの感情や感覚の集積は、決して小さいものではない――黒柳はそのように捉えたのだった。
そもそも、黒柳はなぜここまで「田口ケイ」にこだわったのだろうか。実はその背景には戦争中の疎開体験があった。疎開先の青森の小さな駅で、行商の女性が黒柳にたかっていたシラミをとってくれ、さらには凍えていた黒柳の手をこすって温めてくれたという。自分のことだけで精一杯なはずなのに、それでも他人に親切にする人と戦争中に数多く出会った、と黒柳は回想している。
〈戦争は嫌だけど、ある感受性を私に与えてくれたと思う。その感受性がなければ、田口ケイという女性の事だって、深くは理解できなかっただろう。戦争がなければ、私は女優にならなかっただろうし、もちろんユニセフの親善大使にもならなかっただろうし、人生でのさまざまな事だって分からないままだったろう。戦争は二度といやだけど、学んだことは、多かった。〉(黒柳徹子『トットひとり』新潮文庫、2017年)
文筆活動も始めた1970年代の黒柳は、このようにして自身の「戦争体験」「戦後体験」を語り始めたのである。
『窓ぎわのトットちゃん』に見る
反戦思想の原点となる記憶
黒柳は1970年代に女性司会者としての地位を固めた。80年代には司会業と並行して、本格的な文筆活動にも乗り出している。『窓ぎわのトットちゃん』(1981年)は、彼女のトモエ学園での小学生時代を描いた作品で、戦後最大のベストセラーとなった。発売1年半で525万部という記録的売り上げを叩き出したこの本の読者は、9割が女性だったという。







