アホ・バカ・タワケ
ホンヂナシも調査してみた

 この企画の当初の目的は、東の「バカ」と西の「アホ」の境界をさぐることにあった。しかし、分布図を作成したところ、「バカ」は関東だけでなく、中四国西部から九州でも用いられていることが判明した(図1-7)

 それだけではなく、「ホンヂナシ」という表現(とそれに類するもの)が東北と九州南部で共通して見られることも明らかになった。すなわち、罵倒表現は関西の「アホ」を中心として、周圏的に分布しているのである。

図1-7 アホ・バカ分布同書より転載 拡大画像表示

 周圏論においては、中心が新しく、周辺が古いとされる。これに対して、中心が古く、周辺が新しい「逆周圏論」という考え方も存在する。図1-2で示した日本語のアクセントがその例で、近畿に分布する京阪式アクセントを取り囲むように、東日本や中国地方などに東京式アクセントが分布している。また、そのさらに外縁には無アクセントが分布する。

 日本語研究の大家である金田一春彦は、東京式は京阪式が変化して生じた新しいアクセントだと指摘した。カタツムリのような名詞とは異なり、アクセントの場合は異なる地域で似たような変化が起こる可能性が高い。複雑な構造を持つ京阪式アクセントが、伝播の過程で徐々に単純化された結果、関東と九州に似たような無アクセント地域が形成されたというわけだ。

 周圏論と逆周圏論は完全に対立するものではなく、実際は双方の論理が入り混じりながら文化の広がりが生まれる。明瞭な同心円パターンが現れる文化事象はそれほど多くはなく、たいていは複雑なモザイクパターンをなしている。それでも、同心円パターンは1つのモデルとして推論の手助けをしてくれる。