能力でも、人柄でもない…〈あなたを最後に守るもの〉にハッとした〈風、薫る第72回〉

「人は城、人は石垣、人は堀」

「当院に問題がなかったことは、誠心誠意説明します。足並みをそろえないと、混乱を招くので、勝手な行動はしないように」

 副院長がりんに言い含める。やっぱり対外的なことを気にしているのだろう。

 院長、副院長とも淡々としているが、内心はやばいことになったと冷や汗をかいているに違いない。それを必死に抑制し冷静に振る舞っているのだ、たぶん。

 患者に頼まれたとはいえ、看護婦の独断で家に連れ帰ったすえ、患者が亡くなったとなると、病院の管理問題となるのは明白だ。

 たとえば、遊女・夕凪のときはうまく病院の評判に転じることができたが、今回は難しいだろう。

 先日、りんは、ツヤ(東野絢香)への取締不行き届きによって降格させられた。今回は、さらに厳しい辞令が待っているのではないか。

 ところが、院長は「通常の勤務に戻ってください」「いつもどおり働いてください。今、あなたにできるのはそれだけです」

 あっさりが逆にこわい。

 今日のところは今井がうまくとりなしてくれたということか。りんは院長室を出ると、スタスタと先を歩いていく今井に声をかけた。

 今井は別にりんをかばったつもりはない。むしろ今回のりんの行動にはノーを突きつける。

「医者の判断より患者の気持ちに従って、医療に携わる者として失格だ。命を助けることを、何よりも優先しなければならない」

 だがその後にこんなことも言う。

「だが、もし私が患者なら、命より重んじるものがある、という考えは否定しない。あるいは、君の患者の友人ならわからなくない。だが君は看護婦だ」

 感情を優先することなく、あくまでベースは医療従事者として何を大事にするか。人間として、りんの考えは否定しないが、看護婦としては失格だと厳格に腑分けする、さすが名外科医は論点の切り分けも鮮やかだ。

 今井はフェア。だが、経営陣はそうはいかない。

 結局、テイは病院の責任を追求することはなかったのでよかったものの、副院長は院長にこう述べる。

「一ノ瀬さんへの処分については、すぐに行うと、当院に問題があったかのように映るので、行いませんが、いずれ、落ち着いたところでと考えています。まあ、彼女が自ら辞職を申し出てくれるのが、うちにとっては一番ですが、今は本人が嫌だと言っても、勤務してもらわないと」

「さすが渡辺先生(副院長のこと)は組織の守り方を心得ていますね」と院長。

「それほどでも」と副院長。やっぱり時代劇の悪代官の「おぬしも悪よのう」みたいだ。

「どんなに堅牢な石垣も、小さな歪みから崩れますからね。小さなうちに厳しく処分しないと」褒められて、いい気分で語る副院長。

「どんなに堅牢な石垣も、小さな歪みから崩れる」

 組織で働く人なら、思わずうなずいてしまう言葉だ。そう思って見ていると、院長が意味深なことを言い出した。

「その先にご自身が処分されることも」
「えっ?」
「人は城、人は石垣、人は堀」

 武田信玄の名言として知られる「人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり」を踏まえたセリフにも聞こえる。

 信玄の言葉は組織のマネージメントの真髄とも言われる。組織よりも人が大事であり、人とは情けをかければ味方になり、仇になるようなことをすればたちまち敵に回る。組織を堅牢に、大きくすることだけ考えて、働く人たちの存在を蔑ろにしてはならない。そんなことをこの院長が言うだろうか。

 いったい院長は何を考えているのか……。誰が誰に処分されるのか?