だが、ピューはある使命を帯びていた。この泳ぎには彼個人を超える大きな目的があったのだ。北極の海は通常は数メートルもの厚い氷で覆われている。そこで泳ぐという挑戦が成功すれば、深刻な被害をもたらす地球温暖化の影響に人々の意識を向けられるだろう。

死の恐怖に打ち勝ち
見事1キロメートルを泳破

 大きな失敗を2回経験し、死の危険が生々しく迫っても、ピューはひるむことなく自分の力を出し切った。激しい恐怖を抱えながら、1分以内にほとんどの人が死ぬと科学者たちが口を揃えるほど冷たい水中で、1キロメートルを泳ぎ切るという目標を達成した。

 一体どうして成功できたのだろうか?彼が2日間のうちにもっと強くなったり、泳ぎが速くなったり、冷血動物と同じ身体になったりしたわけではないのは明らかだ。この偉業は明らかに彼の精神力の勝利だった。重要な変化は肉体的なものではなかった。彼の内面にある何かが彼にスイッチをいれて、すべてを変えたに違いない。

 想定訓練で失敗して不安に包まれた状態から、自信と集中力を手にして不可能を可能にするまで、何が彼を支えて導いたのだろうか?どうやって恐怖を克服したのだろう?

 ルイス・ピューは恐怖を抱いていた。実際、悲惨な失敗から見事な成功を遂げるまでの2日間、恐怖心はずっと変わらずにあった。

 2回目の想定訓練で失敗した後、彼が思ったのは「本番ではうまくいけば指を何本か失うだけで済むだろう。最悪の場合は死ぬだろう」ということだった。すべてを白紙に戻して挑戦を投げ出したいと、彼は切実に願った。だが氷の張る海へと一歩踏み出した瞬間、恐怖が攻撃的なモードへと初めて切り替わった。

 彼は一体どうやって、恐怖と、憂鬱さと、疑いの念に打ち勝つことができたのだろうか?

 彼がどうやって成し遂げたのかを知るには、彼が挑戦を行った理由に着目するといいだろう。なぜこの挑戦をするのか、彼は自問自答を繰り返した。

「人を突き動かすものは何だろう?」と彼は考えた。「私は気がふれてはいない。狂人ではない。私は弁護士で、泳ぐ経験を数多く積んできた。はるばる北極まで7日間かけて航海をし、海面に浮かぶ氷の上に立ち、そして専門家でさえも自殺行為だと言っているのに、水中に飛びこむのは、どんな理由からだろう?」。