恐怖心を力に変えるには
使命感や仲間との絆が必要

 人はなぜ意図的に死の危険を冒すのだろうか?可能性として考えられる理由は3つある。

《・個人を超越した目的のため(何かしらの大義や、人命救助のため、または誰かの役に立つため)。
・きわめて危険が高くて、ひょっとしたら死ぬ可能性がある場面でしか味わえない、生きているという実感を得るため。そうした状況では完全な集中力が必要とされ、目の前のことに全身全霊を注ぐことになる。
・自分に対して特に関心がないため。

 登山家たちを突き動かすのは死への願望ではなく、生きることへの願望、真に生きたいという欲求なのだ。彼らは、豊かに、激しく、徹底的に生きたいと願っている。これほどまでに真に充実した人生を――肉体的にも、感情的にも、知的にも、魂においても――求める集団に出会ったことはない。彼らが危険を冒すのは、危険そのものを求めてではなく、自分の経験を深め豊かにする手段だからだ。(ニコラス・オコネル『ビヨンド・リスク 世界のクライマー 17人が語る冒険の思想』)》

 恐怖心とは、そもそもは役に立つものだ。私たちが危険から身を守り、意識を集中させることができるのは、恐怖を感じるおかげだからだ。だが恐怖心は(そして他の感情も)コントロールが効かなくなることがある。あまりに大きなエネルギーを持つため、自分がきわめて危機的な状況に追い込まれる可能性がある。

 ピューは、恐怖心が持つエネルギーを活用して力を得ることができた。北極の氷の上へ足を踏み出したとき、彼は自信と強さが自分にみなぎるのを感じた。刺すような寒さを感じたときに彼にスイッチが入った。

『世界のハイパフォーマーが学んだ「最高の自分」』書影世界のハイパフォーマーが学んだ「最高の自分」』(ジム・マーフィー著、鶴見紀子訳、ディスカヴァー・トゥエンティワン)

「私は完全に全く別のゾーンに入っている状態だった。船から出て歩きだすと、どういうわけか、これまでは全くなかったことだが、きっとうまくいくという強い自信を感じた」。

「個人としての意識」がすうっと消えていき、彼が感じたのは、自分の使命やチームの仲間との強い絆だった。その結果、目的を達成するために再び命を危険にさらす覚悟ができたのだ。

 ピューが行ったのは、自分よりも大きなものとのつながりを持つことだった。泳ぎによる挑戦は、自分に与えられた能力を活用して世界に前向きな変化を起こそうとする、彼なりのやり方だった。

 ピューは自分の心を非常に強く動かすもの――つまり地球温暖化による破壊――を見出し、その問題のためなら自分の命を喜んで捧げる覚悟をした。そうすることで彼は自分の恐怖心と向き合い、真に生きる方法を見つけた。