諸外国との金利差だけでは説明できず
政府や政策自体への信認が低下!?
これまで日本の円安は、内外金利差の拡大によって説明される場合が多かった。例えば2022年頃に急速に円安が進んだのは、アメリカが政策金利を引き上げていく過程で、日本が金利をほとんど上げなかったからだ。
では、最近の状況はどうか。
世界的には、インフレ加速への警戒から、各国で金融引き締め的な姿勢が続いている。ただし、日本銀行も6月の金融政策決定会合で利上げを行い、政策金利の誘導目標を0.75%程度から1.0%程度へ引き上げた。
したがって、日本と諸外国との金利差だけで足元の円安進行をすべて説明することはできない。
もっとも、日銀の利上げ幅や今後の利上げ姿勢に対して、市場が十分な信頼を置いていない可能性はある。政府が日銀の利上げに積極的な姿勢を示していないことも、円安圧力を強めている可能性がある。
つまり、単なる金利差ではなく、「日本はインフレと円安に十分対応する意思を持っているのか」という政策信認が問題とされているのかもしれない。
「ホルムズ危機」の影響はあるが
決定的な要因ではない
円安が進んだもう一つの要因として考えられるのは、米国などのイラン攻撃を機に原油輸送の要路であるホルムズ海峡が封鎖されたホルムズ危機だ。
中東など国際情勢が緊迫すると、国際金融市場では有事のドル買いが進みやすい。ドルは基軸通貨であり、危機時には安全資産として買われる傾向があるからだ。さらに、日本はエネルギー輸入への依存度が高く、原油価格が上昇すれば輸入代金が増え、貿易収支や経常収支への不安が高まる。
この点からも、ホルムズ危機は円安要因となり得る。今回の円安にも大きな影響を与えているだろう。
しかし、今回の円安をホルムズ危機だけで説明することはできない。その理由は次の通りだ。
第一に、円安はホルムズ危機によって初めて生じたものではなく、それ以前から進んでいた。
第二に、6月中旬以降、WTI先物価格は、和平合意やホルムズ海峡の通航回復期待を受けて下落した。もしホルムズ危機が円安の決定的な原因であるなら、原油価格の下落とともに、円安圧力も後退してよいはずだ。
しかし、実際には円安圧力はなお残っている。したがって、ホルムズ危機は円安を加速させた要因ではあっても、根本的な原因ではないと考えられる。
高市財政政策への不信で長期金利上昇
財政不安やインフレ不安で通貨安に
以上で述べた諸要因より大きな要因は、高市政権の経済政策に対する不信が広がっていることだ。
財源の手当てが確実でないまま、財政支出の拡大や食料品の消費税減税が行われようとしている。物価高対策などを盛り込んだ26年度の補正予算も財源も国債増発で賄われた。こうした政策は、財政の持続可能性に対する不安を高め、長期金利の上昇を招く場合が多い。
財政運営に対する不信が高まれば、国債を保有する投資家は、より高い利回りを要求するようになる。これは「タームプレミアムの上昇」と呼ばれる現象だ。
財政運営に対する信認が低下し、それによって通貨の価値が下がるという現象は、イギリスで「トラス・ショック」として現実に起きた。減税と財政拡大を財源の裏付けなく打ち出したことによって、国債市場と通貨市場が同時に動揺した。
同じことが、そのまま日本で起きていると断定することはできない。しかし、方向としては類似した現象が生じている可能性がある。つまり財政拡大への不安が長期金利を押し上げ、それにもかかわらず通貨は買われず、むしろ円安が進むという状況だ。
これは通常の「金利上昇なら通貨高」という関係とは逆方向のものだ。金利上昇が経済の強さではなく、財政不安やインフレ不安を反映している場合には、通貨安を招くことがあるのだ。
消費税減税という重大な政策変更
財源の議論なく、2年後、元に戻せるかも不明
現時点の日本では、高市政権が消費税減税という大きな政策変更を、はっきりした恒久的な財源手当がないままに、行おうとしている。
現在考えられているのは、飲食料品の消費税率を、27年4月から2年間、「1%」の税率にし、加えて低所得層を対象に1%分の給付をする案だ。
しかし、巨額の財源をどうするかの議論は行われておらず、しかもいったん導入された消費税減税が、予定どおり終了する制度的・政治的保証はない。政治的圧力によって、いつまでも元に戻せなくなる事態は十分に考えられることだ。
そうなれば、将来の社会保障政策の財源が大きく毀損されることになる。これは将来の世代にとって極めて大きな損失を意味することになるだろう。
こうしたことに対するマーケットの懸念が、円安という形で表れている可能性がある。
つまり、「将来の財政運営に対する信認が低下すると、タームプレミアムが上昇し、通貨が減価する」という過程が日本でも生じていると解釈することができる。
政府の財政運営に対する不安が高まると、投資家はその国の国債を安心して買えなくなる。そのため、「もっと高い利回りがなければ買えない」と考えるようになる。こうして長期金利が上昇する。
しかし、この金利上昇は、経済が強いから生じているものではない。むしろ、財政に対する不安が強まった結果だ。そのため、投資家はその国の通貨そのものにも不安を持つようになるのだ。
その結果、国債の利回りは上がる一方で、通貨は売られる。つまり、財政運営への不信が、長期金利の上昇と通貨安を同時に引き起こすのだ。
そうであれば、高市政権がその経済政策を抜本的に方向転換しないかぎり、円安への動きを食い止めるのは難しいということになる。
(一橋大学名誉教授 野口悠紀雄)







