でもドイツ人はそうは捉えません。家族がぼーっとしているのを見たら、それを「いいことだ」と思います。

 なぜなら、彼らは必要だからそうしていると考えるからです。大人にも子どもにも、そういうリラックスした時間が必要だね、と。

 ドイツでは、大人たちも街のいたるところで、芝生の上やベンチ、川縁で、何をするでもなくただぼーっとしている姿をよく見かけます。寝転んでいたり、空をじっと眺めて過ごしていたり。一見、何の生産性もないような時間が、彼らにとって何よりも生産性に直結する時間だと分かっているのです。

 他人の目を気にしながら休むことは、実は働き続けているのと同じ。他人からの評価という成果をずっと求めている、いわばオンの状態のままで休んでいても、実際には心が休まっていないのです。

「他人の目を気にしない」
ドイツ的自分軸な休日

 彼らは、他人の目や評価を気にするよりも、自分がどう過ごしたいか、自分軸に基づいて休日をつくります。

 他人からの評価を成果とは考えていません。あくまでも、自分が何のためにどう過ごすのかを決めています。

 ドイツでは休日になるとよく自宅に友人たちを呼んで、バーベキューをしたり、食事を一緒に作って食べたりして過ごすことがあります。

 日本でするとなったら、ホスト役、ゲスト役という役割意識が強く働いてしまうでしょう。招く側からすると、準備から片づけまで気を巡らせてすべてをやろうと頑張るでしょうし、招かれた側も「どんな手土産がいいだろう」「どんな服で行けば失礼がないだろう」と気を遣って参加するでしょう。

 楽しむより、お互いにその役割で気を配ることになってしまうのです。

 でもドイツ人なら、自分たちが好きで企画したパーティなのだから、自分たちが楽しむことが一番大切だと考えます。みんなが対等に、一緒に楽しむ感覚で時間を過ごします。そのため、準備や後片づけなども誰かに負担が集中することもありませんし、キャリアやポジションを意識せず居合わせたみんながフラットな人間関係を楽しみます。