いつも笑顔の人ほど気づけない…「笑顔という鎧」つけていませんか?〈風、薫る第74回〉

シマケンの微笑み評と小泉八雲

 名書評家は名探偵のようなもの。りんは心の内を見抜かれて動揺する。

 母親がいじめられていると勘違いして守ろうとする環に、お腹が痛いだけとりんは誤魔化す。シマケンにまでお腹を触らせるのはちょっと気になったが、シマケンの思い、りんの苦しみ、環のあどけなさと3者3様のいいシーンになった。

「大黒柱も悪くないです。お面だって好きでつけてます」

 りんは指摘され心配されてもなお微笑み続ける。

 明治時代、小泉八雲が「日本人の微笑み」という論考を書いている。『知られざる日本の面影』に収録されたもので、西洋人には不可解な日本人の微笑みを考察したものだ。

 言わずもがなではあるが、小泉八雲は前作の朝ドラ『ばけばけ』の登場人物のモデルになった人物である。

「日本人の微笑は、念入りに仕上げられ、長年育まれてきた作法なのである。それはまた、沈黙の言語でもある。しかし、その意味を探ろうとして、西洋文化にある表情や仕草の概念を当てはめようとしても、それはちょうど中国の表意文字である漢字を読むのに、文字の形がわれわれ西洋人の見慣れたものに似ているとか、あるいは似ていないとかいって理解しようとするのと同じくらいにうまくいかないだろう。」
「相手にとっていちばん気持ちの良い顔は、微笑している顔である。だから、両親や親類、先生や友人たち、また自分を良かれと思ってくれる人たちに対しては、いつもできるだけ、気持ちのいい微笑みを向けるのがしきたりである。そればかりでなく、広く世間に対しても、いつも元気そうな態度を見せ、他人に愉快そうな印象を与えるのが、生活の規範とされている。たとえ心臓が破れそうになっていてさえ、凛とした笑顔を崩さないことが、社会的な義務なのである。」
(角川ソフィア文庫『新編 日本の面影』より引用)

 八雲は「あるがままの庶民の生活に目を向け」ることで、日本人は他者を慮って微笑んでいると見抜いた。それはまさにりんではないか。

 シマケンは八雲の著作を読んだのか。いや、八雲の本が外国で出版されたのは明治27年(1894年)。シマケンは八雲よりも早く、日本人の微笑みについて洞察していたことになる(ドラマでは第日本帝国憲法が発布されたことが描かれているので明治22年)。

 シマケンにはぜひ、小泉八雲と対談してほしい。

 ちなみに、その微笑みを模したのが日本の各地にある地蔵であると八雲は指摘している。『風、薫る』で
地蔵が出てくるのは、ここからアイデアを得たのではないだろうか。りんのような、哀しく辛いときでも相手を思って微笑んでいる日本人らしさの象徴。それがすなわち理想の看護婦ということなのかもしれない。

 奇才・シマケンのおかげでりんの気持ちも上向いたかと思ったら、ことはそんなに簡単ではなかった。
直美は外科看護婦取締としてりんに厳しい宣告をする。

いつも笑顔の人ほど気づけない…「笑顔という鎧」つけていませんか?〈風、薫る第74回〉