クリントンの譲歩にもかかわらず、両国関係は依然として危うい状態にあった。中国側は、天安門事件後の経済制裁や、中国が主権を主張する自治島である台湾に対するアメリカ政府の姿勢など、いくつかの政策に苛立っていた。
「中国を敵と見なしているのか」
天安門事件の指導者が声を荒げた
1995年7月、北京訪問から戻ったばかりのヘンリー・キッシンジャー元国務長官が、少人数の代表団を大統領執務室に招いて非公開会談を行った。
「両国の関係はどうなっている?」クリントンはキッシンジャーに尋ねた。同席したのは、アレクサンダー・ヘイグ元国務長官、ジョン・ホワイトヘッド元国務副長官、そして中国に多額の投資を行っていたアメリカン・インターナショナル・グループのモーリス・グリーンバーグ最高経営責任者だった。
「私は1971年から25回ほど中国を訪れている。その間、両国関係がここまで崩壊の危機に瀕(ひん)しているのを見たことは一度もない」とキッシンジャーは語った。「私たちは延々と不満をぶちまけられた」
その1カ月前、クリントンは台湾の李登輝総統が同窓会のためにコーネル大学を訪れることを許可していた。ホワイトヘッドは、李登輝の訪米に中国指導部が激怒し「台湾を侵略または封鎖する恐れがある」と警告した。
「中国側は『三つの共同コミュニケ(「台湾が中国の一部であること」など、台湾問題を巡って中国とアメリカが交わした3つの共同声明の総称。1972年の「上海コミュニケ」、1979年の「外交関係樹立に関する共同コミュニケ」、1982年の「8・17コミュニケ」を指す)』を破ったと考えているだけではない」
キッシンジャーは、台湾の地位を含む米中関係を規定する外交合意に言及した。「李鵬首相と会談した際、彼はさらに直截だった。『アメリカは中国を敵と見なしているのか?』と私に尋ねたのだ」
キッシンジャーは、議会の共和党議員が「この問題に対して極めて無責任な行動を取っている」ことを認めた。数日前、ニュート・ギングリッチ下院議長が台湾を独立国として外交承認するよう要求し、中国を挑発していたのだ。ヘイグは、ジョージア州選出の共和党議員に「この問題から手を引け」と伝えたと述べた。共和党議員たちは大統領に対し、緊張緩和に向けた措置を取るよう促した。







