トヨタ自動車の生産技術部で歴代のエンジンの生産設備や金型の開発を手掛け、現在はトヨタ流人づくりを企業に指導するHY人財育成研究所所長の肌附安明氏は、技術開発についてこう語る。
日産自動車が長年掲げてきたスローガン「技術の日産」。技術力の高さを評価する一方で、トヨタ自動車の関係者からは「技術だけでは売れない」という声が上がっている(筆者撮影)
「我々は、他社に勝とうと考えて技術を開発したことはない。顧客のニーズを探り、例えば『スカイラインのように優れた加速性能が「マークⅡ」にも欲しい』という声が顧客から聞こえてくれば、そのために必要なエンジンの技術を開発する。その結果として、競合車種同士で技術の勝ち負けはあった。だが、それはあくまでも顧客を見た技術開発を貫いた結果だ。我々は顧客が何を望んでいるか、どのようにすれば顧客に満足してもらえるかを考えてクルマを開発していた。決して、他の自動車メーカーを意識してクルマを造ったことはない」
トヨタ自動車では、「技術はあくまでも顧客ニーズを満たすために開発するもの」として位置づけられているという指摘だ。
「競合企業ばかり見ていた」
肌附氏は、日産自動車が競合企業を意識し過ぎたことが同社を弱体化させる大きな要因になったと見ている。
かつて、日本の自動車業界では、いすゞ自動車とトヨタ自動車、日産自動車の3社が拮抗(きっこう)していた時代があった。それが、2代目「クラウン」を発売した1962年以降、トヨタ自動車が頭1つ抜け出した。その後、いすゞ自動車は軸足を乗用車から商用車に移していき、1970年代に入ると乗用車市場ではトヨタ自動車と日産自動車の2社で競うようになるが、徐々にトヨタ自動車は日産自動車との差を広げていった。







