「私一応、出版社の経営者なものですから」

「御社の営業部隊はすごいですよね。取締役の方にも何度か、お話を伺ったことがありますよ。私一応、出版社の経営者なものですから」

 思わずのけぞった。

 当時、上田氏は確かに、パソコン関連書やビジネス書を発刊している秀和システムの社長だった。後述するが、船井電機は一時期、秀和システムの子会社となっていたのだ。

 だが、上田氏が口にした話題は、あまりに呑気なものに思えた。

 一つも聞き逃すまいと緊張していた私に気を遣って、ダイヤモンド社についての話題を振ったのかもしれない。仮にそうだとしたら、気の遣い方を間違えている。

 なにしろ、船井電機が破産したことで突然解雇を言い渡された人は2000人以上もいるのだ。もし私が上田氏の立場だったら、正気を失ってしまうだろう。世間話をする余裕など、持てる気がしない。この人は、船井電機の破産と、依然として続いている混乱を消化して飲み込み、“次”へと気持ちを切り替えているのか。

 どれだけ強靱なメンタルなんだ――。

 驚きと、強烈な違和感で呆気に取られてしまい、私はその場で、「はあ、そうなんですね。弊社の誰ですかね」と、意味のない会話を続けるしかなかった。

船井電機73年
歴史が終わった日

 突然の破産から約1カ月後の11月22日、上田氏はテレビカメラを前に、時折、目に涙を浮かべながらインタビューに答えていた。

《本当に驚きました。なんでこんなことになったのか》(TBS2024年11月22日放送)

 船井電機の破産については報道で知ったと話す上田氏は、破産申請がされる1カ月前まで船井電機の社長だった。

 にもかかわらず、従業員はおろか、上田氏を含む一部の取締役すら知らないまま、突如として破産に至ったという。その上で、上田氏はこう話す。

《破産手続きを取り消し、民事再生での再生の道を模索したい》(同)

創業家がとった異例の手法
準自己破産で強制終了

 一般的に、法人の自己破産申請は簡単ではない。取締役会での決議を経ることはもちろん、財務や会社の資産状況を示す事細かな資料を用意し、債務の弁済が不可能であることを裁判所に示すことが必要になる。

 破産事件記録によると、船井電機は国内外含め31社の連結子会社を抱えており、相当な時間と労力をかけた入念な準備が必要だったはずだ。

 ただし、代表取締役が死亡したり行方不明になったりして取締役会が開けない場合などのために、破産法では取締役それぞれに破産申し立ての権限が認められている。

 これは「準自己破産」と言われる手法だ。ごく稀なケースだが、船井電機は今回の破産でこの制度を用いている。

 破産事件記録によると、申立人は創業家の一人で取締役でもあった船井秀彦氏。創業者である船井哲良氏の遠い親戚に当たる。

 そんな船井秀彦氏が、一族の名を冠した企業を準自己破産という強制終了に近い形で破産させるとは、尋常ではない。

 破産開始決定日となった2024年10月24日、船井電機単体の従業員532人は一斉に解雇が言い渡され、翌日に支払われるはずだった給与も未払いになることが告げられた。

 こうして船井電機は、創業から73年で事業を停止し、破産に至った。

 いったい、船井電機で何が起こっていたのだろうか――。

 本書では、関係者の証言と内部資料などを基に、収拾不能になっていく老舗企業の姿を描いた。

(※本稿は片田江康男記者の新刊『社喰い』(ダイヤモンド社)を抜粋・編集した記事です)

片田江康男(かたたえ・やすお)
記者。1979年東京都生まれ。2003年ダイヤモンド社に入社。2006年より『週刊ダイヤモンド』記者。これまで取材したテーマは東日本大震災後の東京電力問題や、大手生命保険会社における金銭詐取問題など。2021年からM&A業界を取材。M&Aのダークサイドに踏み込んだ『社喰い』(ダイヤモンド社刊)が好評発売中。

Key Visual by Kaoru Kurata, Kanako Onda