「是非に及ばず」~信長最期の言葉の意味は?
6月2日未明、光秀軍は京都へ突入。本能寺を完全に包囲しました。当初、信長は外の騒ぎを単なる喧嘩程度と思っていたようですが、鉄砲の音が響き渡るに及んで異変を悟ります。
織田信長(右)と森乱(演:市川團子) (C)NHK
「誰の仕業か」と尋ねる信長に、森乱(=森蘭丸)は「明智の軍勢と見受けます」と答えました。これを聞いた信長が口にしたのが、『信長公記』で有名な「是非に及ばず」という言葉です。
この一言の解釈は、現在も議論が続いています。小和田哲男氏は「あきらめ」、藤田達生氏は「冷静な状況判断」、谷口克広氏は「最後まで戦う決意」と、それぞれ異なる見方を示しています。
『信長公記』によれば、信長は弓を射て戦い、弦が切れると槍を取り、肘を負傷して槍が持てなくなると、身近にいた侍女たちを逃がし、自ら奥へ入ると、納戸を閉ざして自害したといいます。
織田信長は本能寺を取り囲んでいた兵たちと戦ったあとに自害したとされる (C)NHK







