やってみたいことがあるけれど、自分にはできないかもしれない。もう遅いかも……。
そうよぎった時、前に進むためのヒントを、サラリーマンでありながらサンダンス映画祭で日本映画史上初のグランプリを受賞した長久允氏の思考から辿ります。(構成/ダイヤモンド社書籍編集局)

脚本の教室Photo: Adobe Stock

本当に「最初からできた」のか?

 何か新しいことに挑戦したいと思っても、「自分にはできない」と感じてしまうことはないでしょうか。

 たしかに、世の中にはすごい人がたくさんいます。

 発想が豊かで、技術があり、言葉選びもうまい。

 あたかも最初から才能が備わっていたような人を見ると、自分が挑戦する意味などないように感じてしまうかもしれない。

 けれど、本当に、いま世界で活躍している人はそんな人ばかりなのでしょうか

誰にでもある「強い物語」

 いま最も注目されている映画監督のひとりである、長久允(ながひさまこと)さん。

 日本映画として初となる賞をいくつも受賞し、サラリーマンから映画監督になったこれまでの数年間で、数々の偉業を成し遂げてきました。

 そんな長久さんが著書『あなたにしか作れないけれど、世界に通用してしまう 脚本の教室』の中でこう語っています。

「何も浮かばないよ!」

 そうですよね、わかります。(中略)

 

 絶対誰にも言いたくない思い出を書く

 最もチートな裏技がこちらです。しかし最もハードな裏技とも言えます。
 人には皆、親にも友人にも恋人にも、絶対に誰にも言いたくない思い出があるはず。私もあります。そんなものもちろん、脚本になんかしたくないですよね。知り合いどころか会ったこともない人に知られてしまうわけですから。

 

 だけど、腹を括ってみましょう。そこを、切り売りしてみましょう。
 それはきっとあなたにとって大事な、もしくは醜悪な事件だったと言えるでしょう。それはつまり、強い物語であるということでもあるのです。

 

――『あなたにしか作れないけれど、世界に通用してしまう 脚本の教室』p148-150より

 普通なら、そんな思い出は隠しておきたいものです。誰にも知られたくないし、わざわざ作品にしたいとも思わない。

 けれど長久さんは、「それこそ書け」と言う。

 かなり思い切った提案だと思いつつも、たしかにこれなら、「その人にしか書けないもの」だと言えそうだ。

SNSに書けない感情は金脈

 長久さんは、さらなる「裏技」として、こんなことも語っています。

 SNSに書けない感情は金脈。そう思うのです。

 

――『あなたにしか作れないけれど、世界に通用してしまう 脚本の教室』p152より

 今や日常に結びついているSNSでは、むきだしの感情を吐露することは少なくなっているかもしれません。

 頭に浮かんだ言葉を何度も調整して、これを言ったら不謹慎かもしれない、炎上するかもしれない、そう飲み込む感情もある。

 やすやすと口にはできないことだけれど、確かにそれは、裏を返せば「書けないほど強いトピック」ということなのかもしれません。

 長久さんは、こうも言います。

 もしあなたがSNSに書けないことを「思った」とします。それが不謹慎で、誰かに言いづらい気持ちだったとしても、「思った」という事実は確かなことだと思うのです。

 

――『あなたにしか作れないけれど、世界に通用してしまう 脚本の教室』p153より

「思った」ことへの全肯定。

 いい感情だけが、作品になるわけではない。人に見せやすい気持ちだけが、価値を持つわけでもない。

 むしろ、自分の中にたしかにあったのに、どこにも置き場がなかった感情こそ、物語になることで、同じような気持ちを抱えた誰かに届くことがあるのでしょう。

「自分には何もない」と思ったとしても、書けないことや言えないことならある。全然無理じゃない。

 そう、長久さんは背中を押してくれます。

客観的におもしろがる

 そして、「そんな勇気のいることをさらけ出して、何も起こらなかったらどうする!」という不安に対しても、長久さんはこう言っています。

 誰かに評価されなかったとしても、得られるものは必ずあるので不安がらなくていいです。

 

 無責任に言っているわけではありません。「人生を脚本にする」という行為自体がこのような意味合いを持っていると思っているからです。

 

 脚本を書くということは「客観的に(自分の人生を振り返り)、おもしろがる」行為。

 

 過去感じた大きな感情を、言葉に吐き出していく。
 あの頃つらかった自分を、上方からもうひとりの自分が観察して書き記していく。
 そうやってある種、エンタメ化していくわけです。つらさは可笑しみに。惨めさは滑稽さに。や、そこまで変換されなかったとしても、主観的な思い出から一歩抜け出すことができるでしょう。

 

――『あなたにしか作れないけれど、世界に通用してしまう 脚本の教室』p231より

 過去の大きな感情を言葉にし、あの頃つらかった自分を、もうひとりの自分が少し離れた場所から見つめ直す。そうすることで、主観的な思い出から一歩抜け出せることがある。

 この裏技を試すまでは、諦めるのはまだ早いのかもしれない。