無線の消滅とともに
「失われたもの」とは?
また、ドライバー同士が事故や渋滞、検問といった現場の情報を共有する役割は、LINEなどのグループチャットへと受け継がれた。
「○○署の前で検問をやっています」「駅前がかなり混み始めました」といった情報が、写真や位置情報とともにグループチャットへ流れる。会社の枠を超えて情報交換を行うグループも珍しくない。
無線係という中継役はいなくなったものの、現場同士の結び付きが完全に失われたわけではない。情報共有の形が変わった、と言った方が正確だろう。
このように、現代のドライバーは、無線から流れる指示に耳を傾ける代わりに、画面に表示される文字や地図を見ながら仕事をしている。
タクシー業界で情報を得るための手段は「聞く」から「見る」へと静かに姿を変えたのである。
それに伴って、ドライバーの働き方そのものも変わった。かつては「流し」で街を走り、勘と経験を頼りに乗客を見つけるのが仕事の醍醐味であり、運転手の腕の見せどころだった。
しかし現在は、アプリからの配車依頼を受ける営業スタイルが主流になりつつある。土地勘の浅い新人でも一定の収入を得やすくなり、人材の確保という面でも業界にとっては大きな追い風となった。
一方、その変化によって、ベテランドライバーが長年培ってきた強みを発揮できる場面は少なくなった。
繁華街の、どの交差点で客を待つべきか。終電後、どの駅から利用客が動き始めるのか。そうした経験から生まれる「流しの勘」は、アプリの画面には表示されない。
無線からアプリへの移行は、単なる道具の変化ではなかった。タクシードライバーに求められる知識や経験、それらを身につける過程そのものを変えたのだ。
便利さではアプリに軍配が上がるものの、「人と人をつなぎ、育てる道具」という意味では、無線ならではの価値もあったと言える。
だが、タクシーの車内で、無線の声はもう聞こえない。







