ただ、そこにシンプルさがあるかどうか。彼女の中には、明確な線引きがあったに違いない。
売れっ子料理研究家・小林カツ代が
ハイテク機器を避けた理由
名家の生まれで、幼少期は台所に立つことすらなかった小林。結婚し、専業主婦としてゼロから料理を学び始めた時期は、ちょうど戦後の高度成長期にあたる。
台所に次々と便利な家電が入ってくる時代を目の当たりにした彼女は、本来なら機械化する台所の恩恵をもっとも享受できる世代だったはずだ。それでも、のちに「ミキサーが限界」と語り、最新の調理器具とは線を引いたのはなぜだろう。
「とにかく生涯、操作が複雑な調理道具を、身の回りに置きませんでした。説明書を見ただけで、目が泳いでしまうんです」とは、内弟子の本田明子の弁だ。こうした最新機器と距離を置く徹底ぶりは、以下のエピソードからも見て取れる。
これは、小林の息子である健太郎(ケンタロウ。1972年生まれ。料理研究家)の小学生時代の話だ。売れっ子の料理研究家だった母親は、昼の間、仕事で忙しい。夕食の時間には帰宅するものの、そこからご飯を炊いていたのでは時間が遅くなってしまう。そのため、米を研いでスイッチを入れ、炊き上がったらおひつに移して保温するまでが小学生のケンタロウの仕事だった。彼は友人と遊んでいても、夕方には必ず家に帰り、この仕事をこなしていたという。
その時代、つまり1980年代には、すでにどの炊飯器にも予約タイマーや保温機能が当たり前に搭載されていた。そもそも、保温機能付きの炊飯器が登場して普及し始めたのは、ケンタロウが生まれた1972年ごろのことだ。にもかかわらず、それから10年近く経ってもなお、小林家では頑なに炊くだけの旧式が使われ続けていたのである。
鉄人・陳建一との対決を
制したシンプル志向
このように、小林は徹底して多機能な調理器具や最新の家電を導入しなかった。その姿勢が如実に表れたのが、90年代の人気番組『料理の鉄人』(フジテレビ系列)に出演した際のことだ。







