そして、機能の増殖は、もうひとつ別のボタンを不可欠なものにした。「切」、あるいは「とりけし」ボタンである。多機能化によって操作が複雑になると、ユーザーは「モード選択」という選択肢の先で迷子になる。たとえば、玄米モードにするつもりが、誤ってパン発酵モードに入り込んでしまったとき、そこから脱出するためのリセットボタンが必要になったのだ。
『機械ぎらい』(速水健朗、集英社)
こうした際限のない機能追加の裏側には、メーカー内部の売るための論理があったのだろう。開発や営業部門は、新製品が出るたびに「新機能」をアピールしなければならない。ただご飯が炊けるだけでは、新しい機種を買ってもらえないからだ。
たとえば「粒立ち炊飯」といった広告用のコピーが決まれば、それを消費者に気づかせるために、パネルの一等地に専用ボタンを配置したがる。設計やエンジニアリングの部署がどれほどシンプルさを志向しても、コモディティ化(一般化)への恐怖と戦うメーカーの取り残されたくないという気持ちがパネルの上をボタンで埋め尽くしていったのである。
そして、ボタンの増加は、シンプルさをよしとする調理器具を多機能で複雑怪奇な機械へと変えてしまった。こうなってくると、小林カツ代の「ボタンは2つ以上あったらお手上げ」という態度への評価も変わってくる。彼女は単純に機械が苦手だったのか。あるいは、こうした際限のない機能拡大を危惧し、調理器具はシンプルであるべきということの表明のようにも思えてくる。







