むしろDRAMの生産で言えば、現在米国マイクロンが担っているエルピーダメモリが得意な領域だったので、あと数年日本が踏ん張ってエルピーダメモリを支えていたら、今日キオクシアに並ぶ日本を代表するAI向け半導体メーカーになっていたかもしれない。とても残念なことをしたのではないだろうか。

キオクシアの「強み」の源泉
フラッシュメモリを生み出した男

 さて、話が横道にそれたが、フラッシュメモリはDRAMと違って、莫大なデータを長期間保管する役割を担った半導体である。このフラッシュメモリの生みの親はキオクシアの前身、東芝のエンジニアであった舛岡富士雄氏である、舛岡氏は1971年に東芝に入社した半導体メモリの開発エンジニアであったが、「どうしたらもっと売れるメモリを作ることができるか」という課題意識を持って、1977年に自ら営業部門に移った。そこで顧客の声を聞いて、「必ずしも顧客は最高機能・最高性能の製品を望んでいるのではなく、そこそこの性能とそれに見合う低価格な製品を望んでいる」ということに気づいた。

 当時主力であったEEPROMは、1バイト単位で書き換えができ、ランダムアクセスが容易な代わりに、セル構造が複雑なため、大容量化、低価格化が難しかった。そこで、1980年に舛岡氏はブロック単位でデータを一括消去し、セル構造を単純化、高密度化することで、大容量化、低価格化することを考案した。ちなみに、データをまとめて一括消去する様子をカメラのフラッシュに例えたのが、フラッシュメモリの語源である。

 こうして1984年、東芝と舛岡氏の技術はフラッシュメモリとして世の中に登場した。さらに大容量化、低価格化に適したNAND型フラッシュメモリを1986年に開発し、現在のSSDやメモリカードに使われているNAND型フラッシュメモリが誕生した。既存の機能・性能軸で言えば、フラッシュメモリは性能的に劣るものと判断されがちだが、大容量化、低価格化という新しい価値次元を作り出した点で、この技術はハーバードの故クレイトン・クリステンセン教授が「破壊的技術」と呼んだ、非連続なイノベーションの一つと言える。