元陸軍大将・首相の東條英機氏元陸軍大将・首相の東條英機氏 Photo: GRANGER/JIJI

日本の公刊戦史である「戦史叢書」を見ると、ある不可解な事実に気づく。開戦の経緯が、陸軍と海軍で2通り記されているのだ。その背景には、戦中から続く陸軍と海軍の根深い対立があった。戦争の呼称さえ統一できなかった、陸海の抗争の歴史とは?※本稿は、現代史研究家の保阪正康、日本海軍史研究家の戸高一成(高ははしごだか)、現代史家の大木 毅『虚構の昭和史 海軍善玉論、石原莞爾名将論の陥穽』(角川新書)の一部を抜粋・編集したものです。

陸軍と会議をすると
海軍は絶対に負ける

戸高一成(以下、戸高):海軍にとって一番の敵は、アメリカよりも陸軍なのです。

 海軍はいつも心のどこかで、超大型組織の日本陸軍にのみ込まれて、日清戦争前のように陸軍の下部組織にされることを恐れていました。だから、何がなんでも陸軍に抵抗しなければならない時に、上手に渡り合えるキャラクターが必要になる。

 海軍士官は紳士的に振る舞うように教育されていますから、目的達成のためには品とかお行儀など気にしない奴らには押し負けるのだと、大井篤(編集部注/1902~1994年。日本の海軍軍人。最終階級は海軍大佐。戦後に『海上護衛戦』を上梓)さんなどもしばしば言っていました。だから、陸軍と会議をすると絶対に押し負けると、海軍はそういう場面に弱いと。

 それから予算も人間も少ない。たとえば海軍が2、3人で資料を作って会議に臨むと、陸軍は声がでかくて頭もいい若手が10人、20人と出てきて、彼らが作った莫大な資料がドンと机に積んである、ということになるのだそうです。

 押し相撲になったら絶対勝てないという、激しい警戒心が潜在的に海軍の心理の根底にある。それを跳ね返したい一心で、それに対抗できるキャラクターの石川信吾(注1)のような人間を、軍務局に入れていたのだと言っていましたね。

(注1)1894~1964年。海軍少将。海兵42期。海軍省軍務局第二課長、第23航空戦隊司令官、大本営戦力補給部長など。大木によれば、政治的な駆け引きに通じており、口八丁手八丁で押しが利く人物。著書『真珠湾までの経緯』(中公文庫、2019年)。