「期待していない人間に対して社長はあそこまで怒らないから」
宛先には孫本人も入っていた。間もなく孫からも1行だけ届いた。
「俺はお前のことは期待しているからな」
冨澤は翌日、資料を最初から作り直した。月曜日の午前2時30分頃、孫から追加指示が届く。情報システムとコールセンターのコスト、人員計画も入れろという。会議は午前9時からだ。
当時は生成AIの普及していない時代、必要な社内データを集める時間はない。冨澤は自分で算定した数字を推定値として資料に放り込んだ。根拠薄弱、相当に危うい報告書である。
その報告書を読んだ孫は何と言ったのか。答えは最後に回し、その後の冨澤を見る。
8年後に託した
ロボット事業
約8年後の2010年10月、冨澤は孫に呼び出された。場所は日本シリーズ開催中のナゴヤドームだった。会議は10分ほどで終わった。
「ロボットやるからな。お前、責任者な」
それだけだった。
本書によれば、この一言でロボット事業への参入が動き始めた。公表経歴では、冨澤は2011年10月からロボット事業責任者を務めている。2010年に準備を命じられ、翌年に正式な責任者へ就いた流れのようである。
孫は、人を育ててから大きな仕事を任せる経営者ではない。大きな仕事を先に任せ、その責任に追いつく過程で育てる。多くの会社は、経験を積ませ、準備が整ってから役職を与える。
だが、大きな仕事を経験しない人間が、大きな仕事をできるようになるはずがない。孫は仕事を先に渡す。重い責任を背負わせ、失敗すればやり直させる。逃げずに考え抜けば、評価を変え、次の仕事を渡す。
難しい仕事が
人を育てる
経営学では、能力を超える難しい仕事を通じた成長を「発達的挑戦」と呼ぶ。
デルーとウェルマンの「経験によるリーダー育成――発達的挑戦、学習志向、フィードバックの役割」(2009年)は、60人の管理職が経験した225件の仕事を分析した。責任の増大や新分野への対応は、リーダー能力の開発につながった。難度を上げ続ければ効果が伸びるわけではない。成長効果はやがて頭打ちになる。十分なフィードバックが、その頭打ちを和らげる。







