パッとしなかった部下を鍛える
「半端もん戦法」とは

 最前線では、「本社にいるときには埋もれていて、あまりパッとしなかった人たちを最前線に連れていき、いっしょに戦い、苦楽を共にしながらトレーニングをしていくわけです」と語っている。会議室で研修を受けさせるのではない。実際の顧客、実際の競争、実際の失敗の中へ連れていった。

 しかも、そこで全部を部下に押しつけたわけでもない。部下が努力しても手に負えなくなれば、撤退はトップが決める。「最後の最後はトップ自身がすべての泥をかぶる、責任を取る。そうした覚悟があればこそ、未熟な人にも修羅場を経験させて育てていくことができるはずです」と稲盛は言った。

 ここまで来ると、冒頭のコンサルタント批判の意味が少し変わって見える。

 自分なら10分で終わる仕事に、部下は30分かける。説明にも時間がかかる。途中で間違える。客に頭を下げることになるかもしれない。短期の効率だけなら、自分でやった方がいい。それでも人を育てようとすれば、その30分も、失敗も、やり直しも、経営者側が引き受けなければならない。

 稲盛が嫌ったのは「任せること」ではなかったのだ。

任せるだけでは
人は育たない

 任せるというきれいな言葉を使いながら、経営者自身が前線から退き、育成に必要な面倒まで部下に押しつけることだった。

 だから最初に自分がやる。仕事の基準を見せる。単に「自分でやった方が早い」からではない。未熟な人間を横に置いて、学ばせるためだ。そして次は実戦に出して自分で考えさせる。失敗すれば助ける。最後の責任は自分が取る。そして、できるようになった仕事は本当に任せていく。

「部下に任せるより、自分でやった方が早い」という多くの中間管理職の悩みに対して、講演全体から読み取れる稲盛和夫の答えは、ここにある。

 今日だけを見れば、自分でやった方が早い――それでも部下にやらせるのは、今日の仕事を早く終わらせるためではない。半年後、1年後に、自分がいなくても仕事を回せる人間をつくるためである。そのためにまず経営者自身が誰よりも働き、仕事の基準を見せ、育つまでの面倒と失敗と責任を引き受ける。

 人を育てるとは、仕事を手放して楽になることではない。自分でやれば払わずに済んだ時間と手間を、会社の未来のためにあえて払う仕事なのである。

◆◆◆

【関連記事】
>>「稲盛和夫が語った「管理職の素質がない人」のあまりに明白な特徴」を読む

>>「部下「A案とB案、どちらがいいですか?」→豊田章男の返事が凄すぎてビビった」を読む